52.黒猫亭緊急拡張工事(Ⅰ)
ヤクザの若頭で京都弁核地雷系男の娘という属性盛りすぎクソ野郎に絡まれてしまったので、俺の精神はゴリゴリに削られてしまった。
辛い。病む。やはり少女しか信じられん……。
「そんな怒らんでもええやん~。どうせ刺されても効かへんくせに~」
何物騒なこと言ってヘラヘラしてんだコイツは……。
サイコパスというのはまさにこういう奴のことを言うのだろう。
……お前、エウリィの前でも同じような言動したらただじゃおかねえからな。
「やーやわぁ。うちがこんなんなるのは、旦那はんと二人っきりのときだけやで?」
言葉通りに受け取れば中々に愛らしい台詞だが、内容は全く可愛くなかった。
ええいもういい、話なんざ終わりだ。
俺は忙しいんだよ、とっととけえれけえれ!
「ああんもう、いけずぅ。もっとお話しようや~」
まとわりつく地雷を引き剥がし、俺は食堂を後にした。
徹夜明けだっつうのに、なんで朝からこんな目に遭わなきゃいけねえんだよ……。
*
裏庭に出た。
そこでは未だに難民たちが屯しており、昨日緊急的に貸し出したシートに座ったり寝転んだりしていた。
手には器が握られており、夢中になって中身を搔き込んでいる。どうやら配給した食料は行き渡っているようだ。
ぱっと見渡す限り、危うい状態の者はいなさそうである。良かった良かった。
さあて、仕事に取り掛かるか。
メンタルが磨り減ってもお仕事はしなきゃいけないのが社会人の辛いとこよね。
俺はおもむろにインベントリから大量伐採してきた木材を吐き出した。どっさりと。
にわかに注目を浴びてしまうが、俺は気にせず
やがてジェンガのような丸太の塔がどどんと組み上がった。
「うっわぁ、なにこの木ぃの山! どないしはったのこれ」
ユーエンはまだ付いて来る気らしい。正直早く帰ってほしいし、お願いだから後ろに立たないでほしい。
油断したらブスリとぶっといのを刺してきそうなので、自然とお尻がキュッと引き締まってしまう。
俺は生涯ノーマルだからな。刺されるのは嫌いなんだ。
「あ! もしかして、宿を改装するって話? ガルニが言うとったけど」
……まぁ、将来的にはな。今は難民たちの簡易な住居を作るつもりだ。
裏庭に勝手に建築するのはアウトだが、まぁ今更文句言って来るような奴もいないだろ。
「え? アウトってなにが?」
なにがって……裏庭は宿の所有地じゃないだろ?
偶々宿の裏の土地が空いてるから使ってるだけであって。
「いやいや旦那はん、裏庭も黒猫亭の敷地やで?」
……なんだと? それマジで言ってる?
「マジや。マイロ爺さんがその昔正式に買い取った土地やで。宿を立てた後に買い取ったから、物置程度にしか使ってへんかったみたいやけどね」
なんと。一年も住んでたってのに、そんな事実は初めて知ったぞ。
隣接している建物の奴らも物置代わりに使ってたので、てっきりそういう扱いの場所だとばかり……。
実は人様の土地を不法占拠されてたってことなのか。くそう許せん。後で粗大ごみに出してやる。
しかし、まさかここが宿の土地だったとは……。
裏庭は寄り合いの物置代わりになってただけあって、結構な大きさがある空き地だ。
ともすれば宿と同程度の面積があると思われる。ここがスラムだということを置いておいても価値がある土地だろう。
いや、宿だけでも結構なもんだけど……そんなもんをタダでポンと渡されているという現状が今更ながらに何かがおかしい気がしてきた。
ノリで生きてると深く考えないようになってくるんだよな……。
今度爺さんに会った時、詳しく聞いてみるか。
「ちゃんとうちが所有者変更の申請もしてあげたんやから。間違いなくここは黒猫亭の所有地であって、所有者は旦那はんやで」
そこら辺の決まりはよく分からんが、正式に俺が所有者になっているらしい。
ヤクザって土地転がすのが本業っぽいし、そういう手続きも手馴れたもんなんだろうか。
「そういうことやから、ここで何しようと旦那はんの自由や。もっともどこで何しようが、旦那はんなら全部許されるやろうけどね」
そんなデカい面できるような心が強え奴じゃねんだよ俺は。
……ふむ。しかし、そうだな。
ここが正式に黒猫亭の土地だというのなら、先日話していたぼくのかんがえたさいきょうの黒猫亭計画も更なる強化が図れるな。
なんせ敷地面積二倍だ。当初予定していた図面が倍に拡張できて夢が広がりんぐすぎる。
よし、ちょっくら有識者を集めて話してみるか。
*
「このうらにわのとちいったいをふくめてぞうちくできるんですね。それはいいことです。ふうふのあいのすはおおきいほうがいいですから」
夫婦の愛の巣ではない。宿である。
「ふーむ……。大部屋にして難民全員がそこで過ごせるように、かぁ。確かにそうすりゃあ、コトが終わった後に間取りを変えやすいな」
「そうですね。たしょうはあとのことをかんがえてたてないとだめですが」
「だなぁ。階層を増やしても耐えられるよう、頑丈な造りにしなきゃいかん」
「んー………………。こんな感じですね」
「お、おぉ……! 相変わらずすげぇ速さで綺麗な図面書くなぁ、ジーナの嬢ちゃん!」
うむ、うむ。有識者であるジーナとあらくれ1に話をしてみたところ、返事は良好のようだ。
要は将来の宿の増築の話も併せて、難民たちの受け入れ先を作ってやろうという話である。
宿と繋がる大部屋として増築すると後から再利用も楽ちんだろうと考えたのだ。
「ジーナちゃん、ホンマにそういうスキルを持ってるんやねぇ……。こんなところより、然るべきところで働いた方がもっとええ待遇されるで?」
「なーちゃんはだんなさまのおよめさんしかきょうみないですよ」
「考えの方も極まってはるわぁ……」
「言った通りでしょう若ぁ! ジーナの嬢ちゃんは、タナカの兄貴に負けず劣らずのヤベー奴なんだって!」
「ホンマやねぇ」
ナチュラルにヤベー奴扱いされてるんだが?
おい、詳しく話を聞こうじゃないか。
「問題はお金と工期やね。お金は……いうて、材料はもうあるしそんな掛からへんか。一応聞いとくけど、融通せんでも大丈夫?」
ああいらん。
仮に一文無しになったところで、お前からは借りん。
「ホンマ旦那はんはいけずやわぁ。善意しかないゆうんに。ガルニ、工期の方はどない? 」
「うーむ……この広さで既存の宿部分と繋ぐように建てるとなると……人員にもよるが、二~三日くらいは掛かりそうでさぁ」
「なーちゃんがいまからやれば、ひがくれるまえにはおわりますよ?」
「マジかよジーナの嬢ちゃん!?」
「ちょ、ちょっとそれは予想外やわ」
あらくれ1の出した二~三日という施工期間も大抵だが、ジーナは更に上を行った。
チートドラゴンパワーによる驚きの神速施工である。まぁそれを当てにしてたりもしたんだけどね。
しかしあまりにも規格外すぎる反応をされてしまったので、ある程度自重させないといけないだろう。
ジーナを手招きして認識を合わせておく。
やいジーナ、今更だがあんまり目立つようなトンデモスキルは使うなよ?
やるにしても目立たないところでコッソリバレないようにやってね。
「それくらいわかってますよ。ひがくれるまえにおわるというのは、じちょうしたうえでのじかんです。なーちゃんがほんきだせばいっしゅんでおわりますからね」
なんと頼もしい返事だろう。心配した俺がバカみたいであった。
……大体こういう異種族が人に交わって生活する系のストーリーって、凡ミスから正体バレに繋がるような行動をして、一波乱起きたりするのがテンプレだよな。
まだ飼ってから数日しか立ってないが、ジーナに限っては今のところそういうイベントは起こりそうになさげだ。
全国のお母さんも安心安全な常識派ドラゴンらしい。
「というか、なーちゃんよりもだんなさまのほうがめだってますからね? くうかんそうさスキルをそんなきがるにひとまえでつかっちゃだめですよ?」
逆に注意までされてしまった。
だって隠すのとかめんどくさいんだもん……。
「よくそれでなーちゃんにめだたないようにしろとかいえましたね……。だんなさまはもうちょっとまわりのめをきにかけたほうがいいですよ?」
更に正論で殴り返されてしまったので、俺は悔しくなって逃げた。
「あっ、またにげましたねだんなさま!」
「えっ、旦那はんどこいくの?」
わかんない。でも傷付いたから逃げちゃう。
いい年してちっちゃい子に言い負かされるのってメンタルに来るんだもんっ。
これがお嬢様だったらご褒美なんだけどね。ジーナに言われるとダメージが入っちまうんだよっ。
くそうっ、くそうっ、あのメスガキドラゴンめっ! いつか分からせてやるんだからなっ!
*
そんなわけで、話はトントン拍子に進んでいったらしい。
「そういうことでしたら、動ける者を取りまとめてきます。雨風が凌げるところで過ごせるのなら、皆喜んで手伝うと思いますよ」
「うちんところも人手出させよか。明日は忙しゅうなるとはいっても、旦那はんにおんぶにだっこやろうからね」
「諸々の道具の準備はあっしが手配しとくよォ!」
「では……俺は賄いを担当しますぜ」
「よおし! そんじゃあ皆! 黒猫亭拡張工事、開始だァーーー!!」
「「「「「「おーーー!!!」」」」」」
逃げ出した俺は話の輪に入れず、遂には工事が始まってしまった。
せめて号令くらいは俺が出したかったよぉ……。
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