第5節 飲み会と、夜の探索。
食事を終えた僕たちは、広間を出ると離れへと戻ってきた。
ソファに座りながらピリカとルネがくったりと背もたれに身体を預けている。
「ふぅ、ご飯美味しかったわねぇ」
「お酒も飲んで大満足や」
「いや、大満足なのはいいけどさ」
僕は机の上をジッと見つめる。
「この大量の缶は何?」
机の上には大量の缶が置かれていた。
色とりどりのカラフルな缶。
「お酒よ。さっき売店で見つけたの」
「道也がサクラと話しとる間にウチと店長で買うてきたんやで」
「あれだけ飲んだのにまだ飲むの?」
僕が呆れていると「当たり前じゃない」とルネがフフンとしたドヤ顔を浮かべる。
「せっかく三人で旅行に来たのよ? 飲み明かさないでどうするのよ」
「足湯とかあったし、もうちょっと温泉を堪能しようよ……」
「明日でも大丈夫でしょ。今夜は親睦を深めるわよ」
「せやせや」
「まぁいいか……」
ルネとピリカが缶を空ける。
仕方なく僕もそれに続くことにした。
◯
暗闇の中でハッと目を覚ました。
しん……と静まり返った室内。
しかしどこか遠くから静かに波の音だけは聞こえた。
僕は机にあぐらをかいたまま突っ伏して眠っていた。
机の上には売店で買ったお酒の缶が置かれている。
結構飲んだからそのまま眠ってしまったらしい。
何となく身体を起こすと膝の部分に誰かの足があることに気がついた。
ピリカだ。
浴衣を着崩して、足をさらけ出して眠っている。
夜のはずなのに室内は妙に眩しい。
窓の外から光が射しているのだ。
一体なんだろうと思ってカーテンへ近づく。
月明かりが射し込んでいた。
大きな満月が、海の上に浮かび上がっているのだ。
満月から差し込む光は海に反射し、夜を明るく染め上げる。
月明かりに照らされる透明な海と夜空の調和は、ずいぶん幻想的な光景に思えた。
「にしても、酷い飲み会だったな……」
振り返ってとっ散らかった部屋を眺める。
腹を割って色々話すのかと思いきや、僕の根暗批判から始まり、モテる男の要件について考察し、最終的にピリカの100連発ギャグに爆笑していたら疲れ果てて雑魚寝するという酷いものだった。
結局いつもやってることとそんなに変わらないんだよな。
「むにゃむにゃ、道也ぁ、ご飯食べに行くでぇ……」
「あれだけ飲み食いしたのにまだ食べる夢見てる……」
仕方なくピリカを抱き上げるとベッドに寝かせた。
「あれ? そう言えばルネは?」
姿が見えない。
ベッドで寝ている様子もなかった。
どこに行ったのだろう。
「ルネ、お風呂入ってるの?」
脱衣所の外から声を掛けるも反応がない。
酒を飲んだまま風呂に入って倒れてる可能性もあるのではと考えた。
「入るよ」と一声断って中に入ったが、やはり誰も人の気配はなかった。
露天風呂にお湯が流れる音と、波の音だけが静寂を満たしている。
「変なところウロついてないといいけど」
酔っ払って適当なところを出歩かれでもしたら厄介だ。
最悪、外で眠りこけてウサギになってしまう可能性だってある。
仕方なく僕は部屋を出た。
夜の館内はかなり静かだ。
照明の8割が落とされて薄暗くなった館内に人の気配はなく、客は愚か旅館スタッフの姿もなかった。
この時間帯はみんな寝ているのだろう。
ゆっくりと歩きながら旅館の中を見て回る。
中にはいなさそうなので外に出て周辺をあるいてみた。
だがルネの姿はなく、どこまで行ってもあるのは月明かりに照らされた海の温泉街のみ。
温泉街だから比較的暖かくはあったが、それでも真冬の夜の海辺だからかなり寒い。
「ルネ! いるなら返事して!」
何度か声を掛けてみる。
しかしどこにもルネの姿は見当たらなかった。
結局見つけられないまま、諦めて旅館へと戻る。
「どこ行ったんだよ……」
部屋へ戻っている最中、ブルリと身体が震えた。
ずっと外を歩き回っていたからずいぶん身体が冷えてしまったらしい。
身体を震わせていると、ふとある場所で足が止まった。
青と赤の暖簾がそれぞれ掛かった引き戸がある。
大浴場だった。
そう言えばサクラさんが母屋に露天風呂があるとか言ってたな。
「結構冷えちゃったし、せっかくだから入ろうかな」
思えばこの街に来てからまだ僕だけ温泉を堪能していないのだ。
朝早くから電車に乗ったり、荷物を運んだり。
今日一日、色々やって疲れていたところでもある。
ルネを探したお陰でお酒も抜けていたので入っても問題ないだろう。
青い暖簾から中に入ると大きな脱衣所が置かれていた。
少し形状は違うが、基本的に現実世界の温泉と大差ないように見える。
脱衣所が使われている形跡はなく、誰も入っていないのがすぐに分かった。
部屋からタオルを持ってき忘れたが、ここにも別途タオルが置かれている。
サービスが良くて助かるな。
服を脱いで中に入り、ハッと息を呑む。
海が見渡せる大きな露天風呂が広がっていた。
部屋の露天風呂は透明だったが、ここはにごり湯らしい。
お湯が真っ白に染まっていた。
桶の形が四角かったり、床が石ではなく見たこともない木目の樹で出来ていたりするものの、内装はほぼ現実世界の温泉と大差がない。
元の世界に戻ってきたと言われても何の違和感も抱かないだろう。
だからだろうか。
妙に心が安堵するのを感じた。
かかり湯を行い湯船に浸かる。
深く息を吸うと冷えた空気が肺に満ちた。
お湯で温まった身体を程よく内側から冷やしてくれ心地が良い。
空に浮かぶ満月を眺めて入る温泉は極上だった。
「まさか異世界でこんなにのんびり出来るなんてな……」
独り言を呟いていると、不意に奥の方からパシャリと水の跳ねる音が聞こえた。
先客がいたらしい。
誰も入っていないと思ったが勘違いだろうか。
何となく気になり、そちらの方へ足を運んでみる。
湯気が濃くいまいち景色が見えづらい。
すると相手もこちらに気づいたのか、近づいてくるのが分かった。
徐々に湯気にシルエットが浮かび上がる。
そこで違和感を抱いた。
丸みを帯びた細身のシルエット。
どう見ても男性のものではない。
よくよく見ると風呂の仕切りがされているのは入口の所までだ。
湯船には仕切りがされていなかった。
ということはこのお風呂は……。
考えていると、湯気の間から人が姿を現した。
見覚えのあるツリ目の、長い金髪を束ねた女性が。
「道也……?」
「ルネ……」
裸のルネがそこにいた。
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