デブリ(2)
昼時の大食堂。オットーは比較的早く席に付くことができた。他の部門からもぞろぞろと職員たちが集まってくる。
「おっしゃ!カレーライスぅ!」
ドールよりも食事が好きなことで有名な、孵化管理部門のマサルが、ステップを踏みながらカウンターのディスペンサーへ向かう。
カレーライスと言うのはどこの国の料理だったのか、もはや彼らの世代は知らない。個々の職員の仕事の成果や能力の伸び次第では、トッピングややたらと種類の多いピクルスをつけることもできる。
食生活はそれなりに豊かだ。オットーたちに地上に出る自由はないが、福利厚生はしっかりしているし、昇進もできる。インセンティヴは無数に存在する。……そして何より、一日の終わりにドールたちの活躍の概要を眺めて心の癒しにできる。
むろん、
オットーたちのような若い労働者。雇用者の大人たち。ドールたち――そのあいだには、何の不公平もない。
皆それぞれ、人類に貢献する方法が違うだけだ。
その一人一人に、違う価値がある――スイレンsenpaiもそう言っていたではないか。
食堂の奥、巨大な古い半立体式のホログラム。まさに今、先日のスイレンの演説のダイジェストが映っているところだった。
「いいよな~スイレン。マジで正統派のお姉様、って感じだよなぁ。」
「俺入学した時から見込みあると思ってたんだよね~。」
テーブルに並ぶ少年たちが、口々にスイレンの個性をほめたたえる。
「保育園時代、一時期ボクが彼女の組の担当だったんだ!あの頃から彼女は面倒見良くてさぁ……。」
その個性は自分が作ったのだ、という優越感でマウントを取ろうとしているのだろうか。やけに饒舌に自分と彼女の一方的な「思い出」を語る青年がいた。
周りの荒廃たちは最初は興味津々と言う様子だったが、次第に鼻について来たのか、無視したり舌打ちしたりする者が増えてきた。
オットーは彼からは5人分くらい距離を取って、同じ部門の同僚と共に座る。彼等とは特段気が合うという訳ではない。ただ何となく、孤立しないためになれ合っているようなものだった。
「…………なんか、スイレンばっかり人気でさ、ちょっとズルくね?」
フレッドがぼそり、と誰にともなく言った。
「い、いや、別にいいんだけど?いいんだけどさ?せっかく新入生が入ったのに、みんな見る所ちがうでしょっていうか?ちょっとスイレン様一強ってのはさすがに不公平すぎるって言うかどうなのかなって思っただけって言うかさ。あ、あくまで俺個人の感想ねちなみに。」
フレッドは太った腹を揺らしながら、早口の英語で弁解する。スラム出身の者全てが、
周りの何人かが彼に対して「急になんだこいつ」と言う視線を向ける。
「そ、それもそうだよね……新入生の話、する…………?ぼ、僕はさ、すごいあの、キャサリンちゃんが好みだなぁ、って思ったんだけど……。す、すっごく元気だし、すごいなんかあの、みんなを振り回す勢いがって言うか、さ……。」
出っ歯のアリーがスクリーンに映るキャサリンをフォークで差しながら、場の空気を取り持とうとする。オットーはぼんやりと適当に相槌を打った。
「そうだよね……それにあ、あの、制服も、いいよね……。」
「あーわかる。」
「制服……?」
「ほら、あの、だから……す、す、すっごくその、丈が短くて……脚きれいじゃん。」
「…………ああ。」
オットーは今更、ドールたちの制服が、それぞれの好みに合わせて個別にデザインされていることを思い出した。どうも最近、ドールの細かい違いに目がいかなくなってきた。
黄緑色の子なら、ぱっと見ただけでも10人はいるけど……。
「あー、ヘレン最高!」
「シーナちゃんしか勝たんって!」
アリーの声に対抗するように、違うテーブルから口々に違う名前が挙がる。
「――チッ!」
隣のテーブルから小さな舌打ちが聞こえてきて、オットーは振り返ったが、誰がやったかわからなかった。
ごくたまに、ドールのことがこの世で何より嫌い、と言う者もいる。余計なお世話かも知れないが、オットーは「こんなドールだらけの施設でそんな風に生きるのは息苦しいのではないか」、と思ってしまう。
アリーたちはムッとした顔でそちらを見るが、オットーは放っておけと目線で伝える。
――と、そこへ、
「――へ~~っ、アリー君、エロいのが好きなんだぁ?」
「っ、えぇっ!!?」
アリーは激しく動揺しながら、隣に座ってきた背の高い少年の方を見る。
……サイモン。嫌な奴が来やがった。
オットーはげんなりしながら、図々しく割って入る皮肉屋を見た。
サイモンは落ちくぼんだ眼を皮肉気な笑みに歪めながら、ヘラヘラと笑う。ぼさぼさの金髪からフケがまき散らされ、周りの少年たちはあからさまに不快な表情をする。
「べ、別にそう言う訳じゃ……。」
「あはぁっ!なんだよ、去勢手術がうまく行かなかったのかぁおぉいっ?頼むぜぇ、俺たち引いちまうじゃんかアハハッ!」
「っ、ち、ちがっ…………!」
「全く幸せなもんだよなぁっ!絶対に手が届く訳ないドール様に欲情して、『俺の女神』とか言っちゃってさぁっ!みんなお花畑かよって!アハハハハッ!」
赤かったアリーの顔が、見る見る間に青ざめていく。
「…………違う、そんなんじゃ、ない……。ドールは、みんなのもので、お、俺たちは、彼女たちのために……。」
フレッドがビビりながらも抗議の声を上げる。
「何ぃ?俺たちが彼女たちのためにぃ?働いてあげてるってぇっ!?ハッ!『奴隷にされてる』の間違いだろっ!あいつらは俺たちの存在に見向きもしない。感謝もされない!『想いはつながってる』みたいな幻想よせよ……。」
「お、お前、いい加減にっ!」
「——それに、僕たちはドール様みたいに愛されない。」
フレッドが怒鳴りかけた時、誰かが横やりを入れた――オットーが名前も知らない、ニキビまみれの眼鏡の少年。
「見ればわかるでしょ。何もかも、雲泥の差だよ……。僕たちは男だし、ブスだし、不能だし、没個性だしさ……。天と地みたいに、決して交わることは無い。――所詮僕たちは、『デブリ』なんだから。」
「…………………………。」
フレッドは、何も言い返せず立ち尽くす。
サイモンが高らかに哄笑し、食堂中に気まずい雰囲気が流れる。
オットーは別に何も言うことが無いので、そっとスプーンを取って食事に戻った。
「あ~~、えっと…………おかわり行っても、いいっすか……?」
マサルが黙り込んだ同僚たちを気まずそうに見渡しながら、そわそわと立ち上がった。
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