第28話 閑話
「そういえば、美羽。俺、今度のゴールデンウィークは家にほとんどいないと思う」
「え、そうなの?」
「うん」
夕食中。
俺は美羽との雑談が途切れたタイミングで、今朝のことを次の話題に持ち出した。
もちろん佐藤の過去については一切触れず、迫り来る連休についての話だ。
「珍しいね。毎日お出かけでもするの?」
「いや、ちょっと違うな。まあ具体的にはまだ何にも決まってないんだけど、今のところお泊まりというか、どっかそれなりの場所に旅行にでも行こうかなって」
ゴールデンウィークは確かに連休だが、あんまり遠出するほどの日数はない。
佐藤に話してから俺も改めてカレンダーを確認してみたが、今年は土曜日を含めても三連休と四連休。
その間には平日が挟まっていたので、旅行と言っても長くて三泊四日が限界である。
となると、場所はそれなりに近くてそれなりに安くて、それなりに二人とも楽しめるところということになる。
まあ詳細は未定だが、段々決まっていくだろう。
と、そんなふうに胸中で楽観的に考えていると、美羽は飲もうとしていた味噌汁のお椀を戻して、訝しそうな目線を俺に向けてきた。
「りょこう〜? お兄ちゃんが?」
「ん、そうだけど?」
「美羽が誘わないとお出かけすらほとんどしないお兄ちゃんが、旅行? 外で寝泊まりしてくるの? そんなまさかぁ」
「……たまには珍しいこともあるんだよ」
「ランウェイでモデルさんが全力疾走……いや、そこから客席に向かって走り幅跳びを決めるくらいには珍しいことだと思うんだけど」
「なんだその例えは……空から槍が降ってくる方がまだあり得そうだな」
基本的にはインドア派の俺だが、別にそこまで言われるほど家に引きこもっているわけじゃない。
週に五日は学校に通っている訳だし、美羽に誘われて月に一度は休日にも外に出るからな。
まあしかし、そんなことはどうでもいい。
俺はわざとらしく咳払いをした。
「とにかく。そういう訳だから、その間の家の戸締まりとかはしっかりな。壺とか宗教とか儲け話とか、そういうのがインターフォン鳴らしてきてもでるんじゃないぞ? もし宅配便と勘違いして出ちゃったら、強引にでもお断りするか、最悪、意味不明な言語を喋りまくって……」
「もー、分かってるから! 美羽ももう子供じゃないんだよ? それよりも美羽はお兄ちゃんのことが心配だよ」
「俺のことが? なんで?」
俺は意味がわからず首を傾げた。
美羽はそんな俺を怪訝そうに見つめた後、大きなため息をついた。
「覚えてないの? お兄ちゃん、一昨年の修学旅行で京都に行った時、一日目の夜に『美羽に会いたい』って電話してきたじゃん」
「……」
「ホームシック、大丈夫なの? 美羽が旅行について行かなくても平気?」
からかい半分といった口調で美羽が笑う。
普段はお兄ちゃん大好きっ子な美羽だが、今日は少し様子が違った。
単純にそういう周期なのかもしれないが、その可能性よりも、どちらかというとこれは……
「その節は大変お世話になりました。でもさすがに俺ももう高校生だからな。大丈夫だ」
「……そう」
「ああ。それと美羽」
「なに?」
「今回は美羽のこと誘ってあげられないけど、必ず埋め合わせするから。また今度、どこか遊びに行こう」
「……うん。わかってるなら、いいよ」
そう言って仄かに顔を赤らめた美羽は、少し冷たくなった味噌汁を一気に飲み干した。
俺もタイミングを見て野菜を齧る。
「でもお兄ちゃん、急に旅行だなんてどうしたの? 疲れてるとかなら美羽がマッサージしてあげるけど……」
「いや、そういうのじゃないから大丈夫だよ。ありがとう」
そう言ってから俺は改めて美羽の方に顔を向け、今回の旅行についてかいつまんで説明することにした。
「今回の旅行は、別に景色とか温泉とか、そういうのを目的にしているわけじゃないんだ。なんというか……最近頑張ってる佐藤を労ってあげたいんだよ。だから佐藤が楽しんでくれることが最優先っていうか、佐藤に楽しんでもらえたら俺も楽しい、みたいな」
「ふぅ〜ん」
俺の話を聞きながら漬物をポリポリと咀嚼していた美羽は、口を閉じたままそう返事した。
そのまめしばらく咀嚼を続け、ごっくん、とゆっくり飲み込む。
「…………ねえ、待って、どういうこと?」
美羽は目を大きく見開いていた。
分かりづらかっただろうか。
でも佐藤の過去を省くとあれ以上の説明はできないし……
どうしようかと俺が悩んでいると、いつのまにか美羽の顔が耳まで真っ赤に染まっていた。
「お、お兄ちゃんが、彩音ちゃんと……あ、あんなに可愛い子と……寝泊まり……?」
「おい。一応言っておくけど、やましいことは何も起きないからな? 付き合ってるわけでもないんだし」
「むしろ美羽はそのせいで余計にやましく感じちゃうんだけど! だってこの間の試着の時とか、もう、あんな……い、い、……」
「あ、あれは美羽が佐藤に攻めた服を着せたからだろう?」
「うぐ……確かにそうだけど……」
思い出すだけでも恥ずかしいのか、美羽は真っ赤になって両手で顔を隠した。
「それに、旅行の話はもう佐藤から了承を貰ってる」
「そうなの!?」
「じゃなきゃ美羽に話したりしないよ」
「で、でも、お兄ちゃんはまだ高校生だし、収入とかないから何人も養ったりは……」
「……何の話?」
やっぱり今日の美羽は何かおかしい。
でもまあ、伝えるべきことは伝えたつもりだ。
「とにかく、俺は佐藤と、色々良い思い出を作りたいだけなんだよ」
「わあああぁぁぁぁっ!」
「今度は何だ?」
「お兄ちゃんこそ何!?」
息を荒げた美羽が夕食中にも関わらず立ち上がる。
普段は行儀良いはずなんだけどな。
俺は眉を顰めながら美羽としばらく見つめ合い、やがて妹は冷静さを取り戻したのか席に着いた。
「……彩音ちゃんから承諾を得てるってことは、向こうはもう完全にオッケーってことなの? い、いやでも、確かに二人の仲は良かったけど、そんな……知り合ってからまだ一ヶ月も経ってないはずなのに……」
ブツブツと小声で呟く美羽。
むむむ、と唸っている。
「はぁ……」
やがて納得したように……というよりは諦めたように、美羽は大きくため息を吐いた。
「二人がいいなら、美羽は口を挟むべきじゃないよね。……それに彩音ちゃんなら、美羽的にもかなり"あり"だし」
「美羽?」
「でもお兄ちゃん。それでもこれだけは言わせて」
「お、おう……?」
急に真面目な顔をした美羽に、俺は少しだけ気圧される。
「初めての……その、"お泊まり"なら、彩音ちゃんが安心できる場所じゃないとダメ。できればお兄ちゃんの方から、そういう提案をしてあげて? 可能なら、どっちかのお家だといいかも。景色とかは目的じゃないんだよね?」
「ま、まあ、それはそうだけど。家に呼ばれる方が緊張するもんじゃないのか?」
「それはお兄ちゃんの都合でしょ? 彩音ちゃんは絶対、家に呼ばれる方が嬉しいと思うけどなぁ〜」
「そうか……?」
「そうだよ」
「……じゃあ、わかった。あとで本人に確認してみることにする」
「うん、そうしてあげて」
渋々頷いた俺に、美羽は大きく笑って頷いた。
この後、電話でもかけてみるか。
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