第24話 違和感
翌朝。
いつもより一時間ほど早く起きた俺は、手早く準備を済ませ、電車と徒歩で佐藤の家の前までやってきていた。
訪れるのはこれで二度目。
しかも前回からたった一日しか経っていないのに、不思議と今日は緊張する。
「完全に、会いたくて会ってるだけだもんな」
電車もバスも学校も、俺の意思はともかく佐藤と一緒にいることには必ずなにかしらの必然性みたいなものがあった。日曜日に出かけた時ですら、美羽が佐藤を呼びたがったからっていう理由があった。
でも、今の状況にはそんな建前……必然性はない。
ただ俺が佐藤に会いたいから。
佐藤が俺に会いたがってくれたから、早起きしてまで会いにきた。
インターフォンは他の住人に迷惑だろうと思い、佐藤に電話をかける。
すると、ドタバタ忙しない音がして、玄関が開いた。
「おはよう佐藤」
「おはようございます、日向くんっ」
既に着替えは済ませているようで、制服姿の佐藤がぺこりとおじぎをしてきた。
綺麗な黒髪がふわりと揺れる。
メガネはつけておらず、素顔だった。
「朝から可愛いな……」
「……え?」
「あ、ごめん、口に出てた」
マジで無意識。
佐藤の顔がゆっくりと赤く染まっていく。
「もぅ…………こっち、来てください」
慌てている様子はなかったが、それでも何かを堪えるように震えた佐藤に引っ張られ、俺は初めて佐藤宅に足を踏み入れた。
バタンと玄関の扉が閉まり、二人きりの空間が一気に狭くなる。
「……佐藤?」
「……今度はもっと、ちゃんと二人きりになれる場所でって言ったの、覚えてますか?」
言いながら、佐藤にカバンを奪われる。
「今、二人きり……ですよ」
俺のカバンを安全な場所に置いてから佐藤がぐっと距離を詰めてくる。もともと広くはない空間で、壁際に追い詰められるのはすぐだった。
「……でも、真綾さんとか」
「いませんよ。ちゃんと、私と日向くんの二人だけです」
要するに、確信犯。
佐藤の胸が俺に触れるか触れないかの距離感で、恥ずかしそうに見上げながら言ってくる。
あまりにも無防備。
いつでも抱きしめてきてくださいと、そんな体の動きだ。
「……本当に、二人きりなんだな?」
「……はいっ」
念のためもう一度だけ確認してから俺は抱き寄せた。
昨日通話したあたりからずっとこうしたかった。
やっぱり柔らかい。そして小さい。
触れていなかった全身が一瞬で密着すると、佐藤も俺の背中に手を回してきた。
「……」
「……」
お互い何も喋らない。
その必要がないくらいの幸福感。
ぎゅっと強く抱きしめると、佐藤も呼応するように力を込めてきてくれる。
「……ずっと、こうしてたいです」
「……俺も」
あらゆる心労が幸福感で溶けていく感覚。
朝でもしっかりと温かい佐藤の身体に包まれて、俺はそのまま五分以上彼女と抱き合った。
電車の時間までまだ余裕があったので、俺はそれから佐藤の部屋まで通された。
「じゃあ、私はお茶を淹れてきますね。……あ、その、部屋のものは好きに触ってもらって大丈夫ですけど、クローゼットの引き出しだけは……あの、し、下着とか入ってるので……」
「大丈夫。そういうのは絶対触らないから」
「よ、よろしくお願いします……っ」
モジモジしながら佐藤が部屋を出ていく。
そういうのはむしろ言わないほうが防犯対策になると思うのだが、まあどのみち美羽ので見慣れているので俺には関係ない。
佐藤が着用している真っ最中のそれなら流石に話は変わってくるが、クローゼットに仕舞われているものなら色のついた布でしかない。
だからクローゼットの方を見るなバカ。
「……はぁ。さて」
深呼吸をして熱を下げ、改めて俺は佐藤の部屋を見回してみることにした。
綺麗に整頓されたベッドと机。
クローゼットとその横にある姿見に加え、少し放置するとすぐにホコリが溜まってしまう本棚に至るまで、しっかりと掃除が行き届いている印象。
フローリングにもわずかに光沢が見える。
「家事万能すぎるな……」
料理ができることは知っていたが、掃除にも余念がないとは。仮に昨日の通話の後に急いで片付けていたとしても、それだけではこの部屋は作れない。
……というか、ベッドの上に抱き枕あるんだけど。
通りでハグを気に入っていたわけだ。
「……ん? これって……」
それから、俺は気になって見ていた本棚の最下段で、見慣れない本を発見した。
背表紙には、学校名と年度が書かれている。
「アルバムか……?」
質素な高級品というこの見た目。
風貌からして間違いないだろう。
部屋のものは自由にしていいと言われているので、恐る恐るではあるが手にとってみる。
硬い触り心地。
適当に開いてみると、パリパリ音がした。
貰ってからほとんど開いていない証拠だ。
ページをめくり、佐藤彩音の名前を探す。
「……あった。うわ、小学生でこれか……」
セミロングほどの黒髪に、幼いながらも整った目鼻立ち。柔らかそうな白い肌と、ちょっぴり恥ずかしそうに見せる笑顔。
正直言って、他の子と比べても群を抜いている。
俺は決して幼女好きではないのだが、それでも好きになれるくらいの可愛い女の子がそこにいた。
「こりゃあ大人気間違いなしだな」
小学生にも可愛い子を好きになる感性はある。
それは心の成熟に関わらず、半ば本能みたいなものだろう。
これだけ可愛ければ、いわゆる高嶺の花として昔から注目を集めていてもおかしくは……ない……?
「あれ……?」
いや……
なんか、おかしい。
言いようのない恐怖が心の底から湧き上がり、俺は反射的にアルバムを閉じた。
「なんだ……?」
佐藤彩音という美少女のアルバム。
そのフレーズが、致命的に何かおかしい。
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