第21話 本領を発揮する佐藤②
週明けのクラスの雰囲気は、いつも以上に賑わいを見せていた。
窓から差し込む陽射しをものともせずにクラスメイトたちは談笑に耽っており、中には当然だが男女で会話している者達もいる。
しかし、その話題の中心は決して、クラスの地味子が休み明けにいきなり目を疑うほどの美少女になっていた、ということではなく、仲良くなったクラスメイトと初めてどこに遊びに行っただとか、誰々に告白して付き合えただとか、そういうのがほとんどだった。
「はぁ……大丈夫かな」
クラス後方、まだ人のいない席を見ながら俺はため息を漏らした。
電車を降りてバスに乗り、そこから揺られて数分間。バスを降りる前に例のメガネを装着した佐藤の顔は不安と興奮が半々といったところだった。
……がしかし、学校の正門をくぐるや否や、佐藤は全速力で駆け出した。
速攻で広場を抜けてエントランスに突撃し、靴を履き替えた後はダッシュで近くのトイレへと駆け込んでいった。
『す、すぐ追いかけますからっ……!!』
そう言い残していった佐藤だったが、本当に大丈夫だろうか……
ちょっと様子を見に…………は、ダメだよな。
いくらなんでも女子トイレに侵入したら、俺の高校生活が終わってしまう。
かといって、誰かに見てきてもらうという手も簡単には使えない。
だって多分、俺の知る限り、佐藤と親しい女子がいない。
友達ならともかく、クラスメイトに自分を見せたくなくてトイレに逃げ込んだ佐藤の元に、そのクラスメイトの女子を送り込むのはさすがに酷というものだ。
というか、俺も佐藤以外の女子のクラスメイトとはまだまともに話したことがないのでどのみち詰んでいる。
「はぁ……」
そんなわけで、俺には佐藤を待つことしかできないのである。
待つことしかできないが、不安や心配はため息となって漏れていく。
一応、メガネを選んだ身として、佐藤の評判が良くなってくれないと悲しいし……それに、彼女が色々と頑張ってきたのを俺は少なくともこのクラスの中では一番近くで見てきたつもりだ。
今の心境は例えるならそう。
初めて学校に行く我が子に友達ができるかどうか心配でしょうがない親のような気分だ。
本人には言えないけど。
……と、そんな時だった。
「休み明けなのに随分と辛気臭そうじゃん」
背中から肩をつつかれ声をかけられる。
「……なんだ湊か。なんかすごい久しぶりだな」
「そうかー?」
唐沢湊──俺とは中学からの付き合いで、以前には佐藤に痴漢した犯人が捕まったことをネットニュースを通じて教えてくれた頼りになる親友だが、最近は湊が部活に精を出していることもあり、一緒にいる機会はそこそこ減っている。
久しぶりに感じるのはそのせいだろうか。
ちなみに、痴漢されたのが佐藤であることは湊にも伝えておらず、もちろん彼女の可愛さについても湊は知らない。
「そういえば湊って部活何やってるんだっけ?」
「演劇と文芸だよ。言ってなかったっけ?」
「聞いたような聞いてないような……でも演劇部と文芸部か。脚本でも書いてるのか?」
「お、正解。演劇部では演技指導もしてるけどね」
「まじか」
「いやぁー、才能って困るよなぁ」
「ってか朝練は?」
「演技指導も脚本の執筆も、毎日すればいいってもんでもないんだよ」
「なるほどな」
それから湊としばらく雑談を交わしながらも、俺の意識は半分以上そこになかった。
我ながら失礼だと思うが今日だけは勘弁してほしい。
「薫?」
「え? あぁ、ごめん」
教室のドアが開くたびに、そっちの方をチラ見してしまう。
登下校を共にする可愛い女の子がいつ来るのかと、ドアが開くたびに一喜一憂してしまう。
「大丈夫?」
「な、なにが?」
「何がって、薫……ほら」
「?」
ポケットから取り出したスマホを短く操作した湊がその画面を俺に見せてくる。
覗いてみると、映っていたのは俺だった。
昔美羽に『カッコいいかどうかって言われたら、そりゃぁ……まぁ……美羽のお兄ちゃんとして自慢できるくらいには……?』と言われたことがあるため清潔感はそれなりにあると思うが、かっこいいかと言われると自分では何とも言えないような、そんな感じの見た目の男が画面に映し出されている。
「これがどう………………して…………」
「な? 不安になるだろ?」
「……ああ」
少なくとも自分で見て見苦しくない程度には整えていたはずの顔が、今はなんだかとんでもないことになっていた。
いや、問題なのは顔じゃなくて表情か。
口角が上がり、唇が震え、目に全開の興奮と期待感を宿らせた野生の男みたいなやばいやつがそこにはいた。
「110番に電話するか、スマホのカメラでお前に現状を知らせるか、ちょっと迷った」
「その結果の犯人
「でしょ?」
言いながらスマホをポケットに戻す湊。
それから俺の顔を見てニヤリと笑う。
「なんかアレだね」
「ん?」
「好きな子に初めてメール送って、その返信待ち、みたいな」
「……ッ」
「……え、マジなの?」
「い、いや、そういうのとはちょっと違うけど……」
そう言ってから胸が少し痛くなったが、とりあえず今の緊張の原因はそこじゃない。
「じゃあ、告白の返事待ちとか」
「それは違う」
今度はちゃんと否定する。
「なら、その顔の原因は?」
「それは……もう少しでわかる」
時間を確認すると、あと5分でホームルームが始まるところだった。
「それなら詮索する必要もないか。恋なら応援してあげようと思ってたけど」
「応援?」
「そう。例えば……ほら、よく男は『モテてるやつがモテる』とかって言うでしょ? だから、もし恋なら薫の周りに演劇部の女子を『演技指導』の名目で2、3人送り込もうかなって」
「やめてその子たちが可哀想だから」
友達想いというかなんというか……。
なんて、そんなことを話して俺が頭を抱えていた時だった。
ガラガラガラ、と控えめな音がした。
足音がしない。
小柄な子。
誰かと大声で挨拶をすることも、その子をきっかけにどこかのグループの談笑が盛り上がることもなかったが、
ただ───
周りの雑談が、止まった。
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