第20話 本領を発揮する佐藤①
そんなこんなで日曜日も終わり、次の日の朝。
熟睡してた美羽を起こしトーストを咥えさせ、俺はちょっとだけ鏡と向き合ってから家を出た。
いつも通りの月曜日が始まる。
相変わらず駅のホームは学生や社会人でいっぱいだったが、出会いの四月ももうすぐ
程なくしてやってきた電車に乗り、駅を渡る間に少しだけ思案する。
内容は当然昨日のこと。
佐藤の持つポテンシャルと真彩さんについてだ。
今までも理解していたつもりではあるが、佐藤彩音という女の子が持つポテンシャルは本当に凄まじい。それを昨日のお出かけで改めて強烈に理解させられた。
最初は地味だった見た目も、本人が意識して身だしなみや姿勢に気を使い始めてから一週間足らずでそれはもう劇的に改善されている。
綺麗な髪、不快感を与えない程度の香水、手指のケアから背筋を伸ばすところまで、縮んでいたバネが自然長まで戻るかのごとく素早く正確に容姿を改善し、美少女の方向へと変身して行った。
今日の学校で、きっとその成果が明らかになる。
クラスに美少女が現れた。
しかもその人物は、超可愛い外国からの転校生でもなんでもなく、入学時からずっと一緒に学んできたはずの、冴えないどころか地味子とまで呼ばれていた、影の薄い女の子。
そんな子が突然、高嶺の花と呼ばれてもおかしくないほどの大変身を遂げてきたら、周りの反応は想像に難くない。
一日でどこまで噂が広まるか……
下手したら佐藤を一目見ようと上級生までやってくるかもしれない……なんて、友達への評価が高すぎるだろうか。
……いや、むしろ逆だな。
女の子を客観的に見れる美羽があれだけ佐藤を評価したなら、今日中に天使か女神か、そんな変な称号をつけられてもおかしくない。
「なんだ……?」
駅に着き、ブレーキ音と共に電車が止まる。
それ自体は何も問題ないのだが、問題なのは外の方。
明らかに
普通は駅のホームで人の疎密が偏ったりなんかしないが、それはなるべく人の少ない車両に乗ろうと全員が考え結果的に均等に人が分かれていくからだ。
それなのに、減速中に見えたホームの人口は、今俺の乗ってる車両の待機列だけ異常なことになっていた。
周りもそれに気がつき、喧騒が広がる中でドアが開く。
「お、おはようございます、日向くんっ……」
人の多さに若干萎縮した様子の佐藤が俺を見つけ控えめに手を上げてきた。美少女だと一瞬で脳が認識するが、言葉にはしない。
「おはよう。なんか人の数すごいな」
「そ、そうですね……なぜか……っ」
あくまで理由は分からないと言いながらも、俺の近くに体を隠すように寄ってくるので佐藤を壁側に回す。
電車が再び動き出し、俺の影に隠れた佐藤が外から見えなくなると、周囲の目が諦めたように散っていく。
「あれ、メガネは?」
昨日は赤いのをかけてくると言っていたことを思い出し、また、間違いなく人集りの原因でもある佐藤の素顔を見て問いかける。
「えっと……私なりに色々考えてみて、つけるのは学校と、日向くんと二人きりの時だけにしようかなって思いまして……」
「そっか」
申し訳なさそうに苦笑した佐藤だったが、俺が彼女の手を握って安心させるとその瞳は柔らかく細まった。
可愛すぎるのも困りもんだな。
真彩さんがそばにいてあげてと言ってきた意味が少しだけ分かった気がする。
「それと佐藤、もしかして前髪切った?」
話題転換も兼ねて、気付いたことに触れてみる。
「わっ……そ、その……わかりますか?」
「短くなったのもそうだけど、いつもみたいにヘアピンで斜めになってないから」
初期は目にかかるほど長かったはずの前髪だが、今はまぶたの少し上くらいで切り揃えられており、いつものヘアピンは純粋にアクセサリーとして横髪に留められている。
「昨日の夜、日向くんにお見送りしていただいた後に、お姉ちゃんに切ってもらったんです。……ど、どうですか?」
「似合ってる。すごい可愛いよ」
「……えへへ、ありがとうございますっ」
恥ずかしそうに微笑んだ佐藤の髪が、がたんごとんと電車に揺れる。
褒められることに慣れたというと聞こえはあまり良くないかもしれないが、少なくとも居心地の悪さを感じない程度には佐藤も慣れてくれたらしい。
主な会話相手として普通に俺も嬉しいな。
「前髪は切ってもらったんですけど……じ、実は、全体の髪の長さについてはまだ少し悩んでいるんです」
自分の髪に視線を移し、それから俺へ。
繋いだ手がわずかに強く握られる。
「……それで、その……」
電車の音が響く中。
小さく高い声が耳元に届く。
「ひ、日向くんは、どのくらいの長さが好きですか……?」
「俺?」
「は、はいっ」
「俺は、そうだな……」
真面目に思案してから口を開く。
「その人に似合ってる髪型ならなんでも、っていうのでも答えになるなら、それが一番かな」
「似合ってるなら、なんでも……」
質問の答えとしては不適切かもしれないが、実際それが真理だと俺は思う。
「あ、でも」
「……でも?」
「強いて言うなら、俺は長い方が好きかもしれない。たまに美羽の髪を梳く時とか、結構手触りがいいから」
感覚を思い出しながら正直に答える。
すると……
「……ふっ……ふふっ……」
「佐藤?」
「……ご、ごめんなさいっ、これは別に変な笑いとかではなくて……ふふっ」
突然口を歪めて笑い出した佐藤に眉をひそめると、彼女は否定しつつもやっぱり筋肉の緩んだ笑い方をした。
「一応言わせてもらうと、触った時の感触が好きなだけで、別に変態とかじゃないからな?」
食べたいとかは思わないしな、髪の毛。
「わ、わかってますよ。ただその、ちょっと、嬉しくて……」
ごつん、と俺の胸に佐藤が顔を埋めてくる。
「さてはまだ笑う気だな」
「ち、違いますよ」
「本当に?」
「本当です」
「……」
「……」
「……佐藤」
「……ふ、ふふっ、はいっ」
「……おい」
仕返しにその綺麗な髪を撫でてやろうかと思ったが、先回りで両手を強く(佐藤基準)握られる。
「い、今は、ダメですっ」
「……心が読めるならもっと早く言っておいてもらえると助かる」
「よ、読めなくても、このくらいはわかります」
そう言ってどこか誇らしげに笑った佐藤は、結局学校に着くまでずっと笑顔のままだった。
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