第17話 微睡みの佐藤
「ん〜〜〜〜〜…………」
「そろそろ起きろ〜美羽。最寄着いちゃうから」
「ん〜〜…………ん………………」
「……ダメだなこれは」
試着をし、服を買い、メガネを買って、ご飯も食べて、その後も時間の許す限り佐藤との初めてのお出かけ……兼、新設ショッピングモールの探索を楽しんだ俺たちは今、じんわりと冷えてきた宵闇の中で、電車に乗って帰路についていた。
がたんごとん、がたんごとん、とリズムよく響く電車の音は、一日中歩き回った俺たちにとっては子守唄同然で……
「佐藤も、そろそろ着くよ」
「……んぅ……その……着くまで、このまま……」
「それ絶対起きれないやつ」
俺の左肩に寄りかかって瞼を閉じる佐藤と、俺の太ももで熟睡する美羽。
おかげで俺は微動だに出来ず、当然眠ることもできないので、なんとか『気づいたら終点だった』を回避できているのは不幸中の幸いというかなんと言うか。
一応、佐藤を無理やり起こすことはできる。
その無防備な両手を深く握って、わずかに覚醒した意識と聴覚の隙間に彩音と一言呼んでやれば、佐藤はきっと飛び起きるだろう。
でも、そう何度も本人が嫌がってることをするわけにはいかない。
「佐藤〜」
かといって、他の手段はもうひたすら名前を呼んで肩を揺らしてってするしかないんだけど。
「……起きてます、よ……」
「本当に?」
「……ん…………っ……」
「……佐藤〜」
「……」
「寝た?」
「……」
「寝たなぁ」
「……ぁ……寝て…………ぁ、ねてないです……っ」
と言いつつ、再び寝息を立て始める佐藤。
人混みへの抵抗力とかを諸々考えたら、佐藤の体力が限界なのは言うまでもなく確実だが……
「このままだと、俺が佐藤のことおんぶして家まで運んじゃうぞ〜? ……まあ、場所知らないから迷子確定なんだけどさ」
「んぅ……せめて、お部屋のお掃除、してから……」
「いや、俺は部屋にはあがらないよ?」
「…………え?」
「えじゃなくて」
「……なら……日向くんの、おうち…………」
「それもダメ」
「んぅ……やです…………離れたくないぃ……」
「……」
まずい、話が噛み合わなくなってきた。
すりすりと、ただ温もりを求めるように身を寄せてくる。
しかし、無情にも電車は進み、車掌さんのアナウンスと共に電車が減速し始める。
というか佐藤、眠くなると一段と甘えん坊になるタイプか……これもまずいな……。
「ん〜〜っ、ふわぁぁぁぁ……っ」
「お、偉いな美羽」
「ん〜〜」
年相応に大きく
最寄駅の名前が聞こえたからだろう。
その偶然を利用して、俺はなんとかすりすり寄ってくる同級生の元地味子から意識を逸らすことに成功……
「彩音ちゃんは〜?」
「ご覧の通り」
「……あはは」
……はしなかったけど、まあ、いいか。
「人の多いところって、いるだけでも疲れちゃうもんね〜〜……歩き回ったらそりゃー無理ないよぉ。……ふわぁぁ、美羽も眠たいや……けど、すっごい楽しかったぁ」
「だな。……美羽は先帰ってるか? 俺は佐藤をとりあえず駅まで送ってくるけど」
「ん〜、そうだね、そうしようかな〜」
そうして電車が停止すると、美羽はすぐに荷物を持って立ち上がり、佐藤の正面まで行って屈んだ。下から佐藤を見上げる体勢。
「じゃあね〜彩音ちゃん、また遊ぼ!」
「……ん、またね、美羽ちゃん……大好き……っ」
「〜〜! 美羽も大好きだよ!」
小さく、だけど元気よく別れを告げて、未だ眠たげな佐藤の言葉に、美羽はとびきりの笑みをこぼした。
◇ ◆ ◇
「……ん……んぅ……」
「あ、おはよ。起きれそう?」
「あれ、わたし……」
美羽と別れてから一時間ほどが経ち……
当然のように闇夜に呑み込まれた街中で、俺の肩に寄りかかったままだった眠り姫は、何がきっかけか、その重たげな瞼をようやく開いてくれた。
……いや、それだと誰かさんが姫役の佐藤に手を出したみたいになってしまうけど、当然そんなことは全くなく……
あと、真っ暗なのは街中だけで、より詳細な現在地としては、真っ暗とは程遠い佐藤の最寄駅の休憩室にて、なんだけど……
とにかく、佐藤がやっと目を覚ましてくれた。
安心安全な光の中、ちょっとだけ、俺を信頼しすぎな気がしなくもないけれど。……いや、ほら、俺も一緒に熟睡してしまう可能性的に。
「何回か起こそうとしたんだけど、あんまり気持ち良さそうに寝てたから、その……諦めた」
「……わ、わ……」
「一応佐藤が返事してくれたタイミングで確認したんだけど、親への連絡とかって大丈夫なんだよね?」
「わ……っ、は、はい……遅くなるかもって言ってあるので、大丈夫、です……けどっ」
「なら良かった」
「……」
ゆっくりと体を起こした佐藤は、どうしてか無言のまま、
「…………ごめんなさい、日向くん。ずっと付き添いをさせてしまって……」
室内に設置された時計を見て、佐藤が申し訳なさそうに肩を落とす。
まあ、確かに、一時間以上もの間、退屈じゃなかったかと言われれば、悩ましいところもあるけれど……
「……あ、あの、日向くん?」
「佐藤はこれ、一時間もされたら嫌だ?」
「……え」
拳ひとつ分の距離を一息に縮め、佐藤の肩に俺の肩をくっつける。
それから、じわり、じわりと、軽く体重を預けていく。
「今日佐藤に触らせた俺の心臓……の鼓動は、別に、佐藤が特別な服を着てくれた時限定じゃないんだけど」
「……な……っ」
退屈な一時間でも、隣にいる相手次第では、かけがえのない一時間になることもある。
そのかけがえのない一時間は、難しい理論のもとでは、一分にも満たない
要するに、佐藤が罪悪感を抱く必要なんて、これっぽっちもない訳で……
「佐藤は?」
「……え?」
「これ、ずっと続いたら嫌だ?」
「……」
「退屈?」
「…………ゃ」
「なら、どう?」
「……そ、それは……ち、直接聞かないでください……っ」
そう言って
「ぅぁ……」
それで一気に瞳が弱々しく揺らぎ、追い詰められた小動物のように小さくなり……
「……で、でも、待たせちゃったのは事実です」
「……まあ」
しかし、追い詰められた小動物には、反転攻勢に転じるための
「例え、その、心地良い時間だったとしても……私が謝るのは、普通のことじゃないですか……?」
「……け、けどほら、謝るよりも感謝からとか……」
ぐっと俺を押し返してきた佐藤に、会話の勢いまでも押し返される。
「日向くん、私に付き添ってくれるために、最寄駅スルーしてくれたんですよね……? それなのに、ありがとうから言うのは、ちょっと……なんだかなぁって感じじゃないですか……?」
「ぐ…………」
いくら気持ちが問題なくとも、一日中歩き回った後に誰かに長時間肩を貸すのは、まあ、それなりに疲れるものだ。
それは、いくら佐藤が軽くても、その香りが心地良くても、変わらない。
「……だから、ごめんなさい、日向くん」
「……ああ」
「……それから、私のこと……守っててくれて、ありがとうございました」
「……っ」
まだまだ全然寝起きのはずだというのに。
寝ている間に上がっていた体温が、まだこんなにも高いままだというのに。
「……全部お見通しか」
「ふふっ……なんでだと思いますか?」
「佐藤の観察眼が鋭いから?」
「……もう、ハズレです」
「えー」
正解はと尋ねても、佐藤はただいたずらっぽく笑って、「秘密です」と囁くだけ。
学校では一度も見せたことのないその表情に、自然と俺の口角も上がっていく。今日、佐藤を誘って本当に良かったなって。
「あ、そういえば」
「どうした?」
「日向くんは、どうやって私をここまで運んでくれたんですか……? そ、その、場合によっては、後悔しそうで……っ」
「ん、運ぶも何も、佐藤と一緒に歩いてきたんだけど」
「……え?」
「……え?」
「……いつですか?」
「まさかの記憶なし……!?」
まあ、あの時はほぼ子どもの手を引く状態だったけども……。
と、いつの間にか逸れ始めた話題とは逆に、いつの間にか俺と佐藤の手は繋がれていたりして……
どちらからでもないその行為に、感謝も謝罪も必要ないのは、もはやお互い確認するまでもなくなっていた。
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