第79話

 旅のあかをしっかりと落とし、身奇麗になったミウが、俺の隣で身体を拭いている。


その艶のある肌を眺めながら、口を開いた。


「報酬の件だけど、あれ、別に気にしなくて良いよ。

最初から貰うつもりはなかったし、俺はそういうのに愛情を求めるからさ」


ミウのためにそう言ったはずなのに、その言葉を聴いた彼女は、酷く不機嫌な顔をした。


「・・あたしの身体が気に食わなかったの?」


「いいや。

凄く奇麗だし、正直に言うと、かなりそそる」


「じゃあ何で?」


「さっき言ったように、愛情を伴わない性行為はしたくない。

スポーツみたいに楽しむ人もいるけれど、終わった後に虚しくなりそうで、俺は好きじゃないんだ」


「あんたあたしを馬鹿にしてるの?

あたしが誰にでも股を開く女に見えるんだ?」


「まさか。

そんな事は全く考えていない。

君は初めてだから、仕事の報酬なんて名目で失わせるのは勿体無いと思っただけだ。

後で好きな男ができた時、必ず後悔するから」


「じゃああんたが馬鹿なんだね。

これまで散々アピールしてきたのに、全然気付かなかったなんて呆れるよ」


身体を拭き終えたタオルを棚に置いた彼女が、俺と向き合う。


「あたしは、どうでも良い奴になんか、身の上話をしたりしない。

娼婦でもないのに、男の身体なんて洗ってやらないよ。

それに・・」


ミウが俺の手首を摑み、その掌を自身の股間に押し当てる。


柔らかく、さわさわとした陰毛の手触りの奥に、しっとりと濡れそぼった場所があり、そこから垂れた体液が、俺の指先にねばついた。


「幾ら何でも、お湯じゃないのは分るだろ?

身体があんたを欲しているんだ。

あたしは、あんたのことが好きなんだよ」


「う~ん、そう言ってくれるのは凄く嬉しいんだけど、本当に?

今日会ったばかりだよ?」


「好きになるのに時間なんて関係ないだろ。

その厖大な魔力量を抜きにしても、あんたの側に居たいと思ったんだ」


確かに、ミーナも一目惚れだと言って、初日にキスをしてきたな。


「ここまで言って振られたら、あたしは死ぬまで処女でいる。

痛みに悶え苦しみながら、あんたを呪って死んでやる」


そこまでするの?


「本当に良いのか?

俺は1度抱いたら、君を放さないと思うよ?

具体的には一緒に住んで貰う」


「勿論、あたしだってそのつもりさ。

ダンジョンコアを立派に育てて、将来はそれで食べていこう」


「え?

・・どういう意味?」


「だから、あたしが頑張って産んだコアを何処かに設置して、そのダンジョンを2人で大きく育てて、そこに魔物や罠を設置したり、宝箱なんかも置いてさ、世界中から人を呼ぶんだよ。

そしてそいつらから金や装備を巻き上げる。

でも、あんたの考えを尊重して、善人は殺さないし、どうでも良い奴は怪我くらいで帰しても良いよ?

悪人だけは必ず殺すけどね」


もしかして、運営が関与していない、自然発生的なダンジョンって、ミウみたいな人達が造った物なのか?


「因みに、君達の種族って、世界中にどのくらい居るの?」


「さあ?

あたし達はダンジョンを造るまでは1箇所に定住しないし、元から100人もいないとさえ伝えられてきたから、今では10人くらいなんじゃないかな?」


そこで新たな疑問が湧く。


「君は母親が亡くなった後、暫く父親と一緒に暮らしていたんだよね?」


「そうだよ」


「もしかして、君の母親が産んだダンジョンが、家の近くに在ったりするの?」


「当然在るよ。

父親はそこで生活してるし、母親のお墓もその中に在るから」


やっぱり!


「折角コアが生み出されても、適切な管理をしなければ、その辺りの魔物を呼び寄せるだけの、中途半端なダンジョンにしかならない。

コアの両親となる2人が協力して上手に育て上げれば、きっと歴史に残る凄いダンジョンができるはずなんだ。

あたしのお墓にもなる場所だから、寿命が尽きるまでは、一緒に育てて欲しいな。

既に全部のピースが揃っているんだし」


「お墓になる?」


「コアを産んだ後は、1人だけ娘を作れると言っただろ。

あたしが娘を産んだら、かなりの確率で早死にするからさ。

そうしたら、ダンジョンコアの側に埋めてくれ。

・・ダンジョンは、あたし達の種族にとって、お墓でもあるんだよ」


「・・・」


「やりたい時に、常に避妊薬を飲めるとは限らないだろ?

コアを産むまでは、勿論それを使ったら駄目だから、なかなかその習慣から抜け出せずに、偶に忘れたりするものだしさ。

・・何より、その内あたしとの子供が欲しくなるんじゃないの?」


「いや、別に」


「え?」


「君の命と天秤てんびんにかけるなら、俺は君の方を選ぶ」


「・・そうなの?

あたしが母親に、どうして命の危険を冒しながら私を産んだのかと尋ねた時、『あなたも愛する人ができれば、その人の子供が欲しいと思うようになるわ』って言われたから、てっきりそういうものかと」


「それは人其々なんじゃないか」


「でも、あたしが子供を産まないと、そこで種族が途切れてしまうかもしれないし・・」


「それは君に何の責任もない事だろ。

産んだところで現実に先細りしている訳だし、そんな過酷な運命を背負わせるくらいなら、産まないという選択肢だってあるはずだ」


「・・本当にそれで良いの?」


「ああ。

それにな、俺のスキルには、薬を使わなくても絶対に妊娠しないものがあるんだ。

常にそちらにセットしておけば、どんなに君を抱いても子供はできない」


「・・あたしさ、正直に言うと、少し怖かったんだよね。

必死になって回復魔法を覚えたんだけど、母親が生きてる内には間に合わなくて。

次第にやつれていく母親の姿が、将来の自分の姿でもあると思うと、夜眠れないこともあったんだ。

だから、そんな事を言って貰えて本当に嬉しい。

あたし、自分の人生を全うしても良いんだね」


「当たり前だろ。

君の人生は、君だけのものだ。

自己責任の上に成り立った、君だけの世界なんだよ」


ミウが抱き付いてきて、唇を重ねてくる。


その両腕が、力強く俺の背を抱き締めてくる。


「そう言えば、まだあんたの名前を聴いてなかった」


唾液に濡れた唇を一旦離して、彼女が囁いてくる。


「西園寺修、それが俺の名前だ」


「さいおんじ、おさむ。

それがあたしの夫になる人の名前なんだね」

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