第78話

 「なあ、風呂に入りたいんだけど・・」


宿に向かう途中で、ミウが顔を赤くしながらそう言った。


「ん?

高級宿に泊まれば、風呂くらいあるだろ?」


「大きな風呂に、手足を伸ばして入りたいんだよ。

・・しっかりと洗いたいしさ」


何だか、領主屋敷での戦闘が済んでから、彼女の様子がおかしい。


ぶっきらぼうなのは相変わらずだが、俺に対する態度が柔らかくなった。


この町にも探せば公衆浴場くらいはあるだろうが、ふと考えてみる。


『スキルを試す、良い機会かもしれない』


「分った。

一旦町の外に出よう」


「外に出たら、公衆浴場に行けないだろ?」


「大丈夫。

ちょうど良いスキルがあるんだ」


「スキル?

風呂に関しての?」


「ああ」


半信半疑のミウを連れて、町の外に在る森林の側まで来る。


ステータス画面で『何処でもお風呂』をタップすると、『男湯』、『女湯』、『混浴』の選択肢が出る。


中を調べたいし、ミウは了承するだろうから『混浴』を選ぶ。


すると次に、『屋内』、『露天』の選択肢が現れる。


最初だから『屋内』に。


更に選択肢が表示されて、『洋風』、『和風』、『ローマ風呂』の3つが示される。


少し考えて、『和風』を選んだ。


話をしながら入るから、落ち着ける方が良いだろう。


選択が終了すると、目の前に暖簾のれんの掛かった扉が現れる。


その暖簾には、男女どちらのマークも記載されている。


「・・何だそれ?

もしかして風呂?」


「そうらしい。

俺も使うのは初めてだから、一緒に入っても良いか?」


「勿論。

背中を洗い合おうぜ」


念のため、ソルジャーラミアを見張りに出して、2人で中に入る。


「あんた、『テイム』も持ってるの?」


「少し違うが、似たようなものだな」


「もう最高。

あたしと結婚しようぜ?」


「俺には既に4人も恋人がいるから」


「気にしないよ。

良い男なら、女が寄って来て当たり前だろ」


脱衣所でお互いに服を脱ぎながら、そんな話をする。


ここの脱衣所には、脱いだ衣服を置ける棚や、身だしなみを整えるための鏡台、髪を乾かすためのドライヤーや、綿棒やくしなどの備品が備わっている。


ちょっとした高級旅館並みだ。


「服を洗濯したいなら預かるぞ?」


「さすがに自分で洗うよ」


「いや、俺の【アイテムボックス】なら、中に入れるだけで洗濯が可能になるから」


「・・あたしのにはそんな機能ないぞ?」


「ランクの差じゃないか?」


「何かムカつく」


そう言いながら、素直に差し出してくる。


しかし、スタイルも素晴らしいな。


胸が大きく、腰が引き締まり、張りのある臀部へと繋がっている。


生死を懸けた依頼で、自分の身体が報酬だと言うだけある。


扉を開けて浴室に入ると、ひのきの良い香りがする。


「こんな風呂は初めてだ。

凄く情緒がある」


ミウが絶賛している。


簡単に身体を洗い、2人並んで湯に浸かる。


「抱かれる前に、あんたには話しておきたい」


そう口にした彼女は、背を浴槽の縁にもたれさせ、静かに語り始めた。


「あたし達の種族はさ、生涯に1度だけ、ダンジョンコアを産み落とすんだ。

相手の男の精に含まれる魔力を糧に、人によっては何度も何度も抱かれて、ようやく1つを生み出せる。

勿論、本人自身の能力も関係するが、生み出されるコアの質には、相手にした男の魔力量や濃度が、かなり重要な要素になる。

そして、コアを産み終えた者は、これまた生涯でたった1度だけ、子供を産める。

生まれてくる子は、必ず女の子だ」


「・・・」


「コアを産んだ女性は、そのコアに体内の魔力をごっそり吸われているから、体が弱くなる。

なのに更に子供を産めば、大体は産後の肥立ちが悪くなり、早死にする。

あたしの母親のように・・」


ミウが湯で顔を洗う。


涙を隠そうとしたのだろう。


「生まれてきた子は、16になると旅に出る。

身体を重ねる相手を探すためだ。

下腹に痣が浮き出て、それはコアを孕むまで消えず、男の精を受けない時間が長くなると、次第に痛みが増してくるんだ。

幸い、20歳くらいまでは痛みはそれ程でもないんだが、そこを越えると激痛になり、仕舞いには命を落とすと言われている」


全裸になった際、彼女の下腹にあった痣を思い浮かべる。


てっきりタトゥー的なものだとばかり考えていた。


「長い旅の間には、色んな事がある。

あたしは運が良かったが、中には途中で殺されたり、つまらない男達に捕まって良いようにもてあそばれ、コアを産むための魔力量が足りずに、野垂れ死にする者もいるそうだ。

『巡礼者』

あたし達の種族がそう呼ばれるのは、そんな理由からなんだろう」


「父親は生きているのか?」


「さあ?

とても良い人で、優秀な冒険者でもあり、あたしが旅立つまでに様々な技能を叩き込んでくれた。

あたしの持つスキルの内、『テイム』は母親譲りで、『アイテムボックス』と『マッピング』はその父親譲り。

母が死んだ時、嘆き悲しんだ父は、その後の生涯をずっとその家で過ごすことに決めたんだ。

愛する母の墓守をしながら、ずっと・・」


また彼女が湯で顔を洗った。


「・・そう言えば、聴きたい事があったんだ。

あんた、意図的に殺す相手を選んでたよな?

使用人とかなら分るが、剣を向けてきた相手にもそうしていただろう?

どうしてなんだ?」


現場では黙って俺の指示に従っていたが、やはり気にはなっていたのか。


「俺の『鑑定』は、対象の善悪を判断できるんだ。

当然、主観的なものではあるんだが、俺はそれで良いと思ってる。

視界に赤く映る奴は躊躇いなく殺し、青く映る奴はたとえこちらを攻撃してきても助ける。

そのどちらでもなければ気分次第だな。

殺しはしないが、骨折くらいはさせることもある」


「あんたにとっての悪人とはどういう存在?」


「罪もない人を正当な理由なく殺したり、快楽のためだけに婦女子を強姦したりする奴だ。

本人が直接手を下さなくても、その者を死に追いやれば同罪だな」


「泥棒とかは?」


「それで人が死んだり、治らない怪我をさせたりすれば、該当するかもな」


「そっちは意外と寛大なんだね」


「人の物を盗む行為は本来悪だが、その中にはむに已まれぬ行いもある。

飢えて死にそうな家族のために、果物や野菜を数個盗んだところで、それが常習ではない限り、殺す程の罪とは思えない。

責められるべき点があるとすれば、そういう状況に追い込まれるまで努力なり改善なりをしなかったという所だが、親がいない子供や、捨てられた子供にそれを求め過ぎてもかわいそうだろう。

相手を殺したり怪我をさせない限りは、身を持ち直した後に、幾らでも償いができるのだから」


「・・あんたは優しいな。

あたしが家を出てから出会ってきた人達に、そんな人はいなかったよ」


「そう感じるのは、俺が恵まれた環境で育ってきたせいもあるだろう。

日々生きることで精一杯だったり、能力以上のことを求められ続ける人達は、人ではなくても、植物や動物など、自己以外の存在に目を向ける余裕が生まれ難い。

逆に言えば、そういう存在が身近にいる人は、ある程度の苦境には耐えられるし、他者を思い遣る心を保てる。

君にとってのミーシャがそうだろう?」


当の彼女は、脱衣所の籠の中で居眠りしている。


「ああ。

本当にそうだ」


ミウが目を閉じる。


会話がみ、暫くの間、木製の細く短い給湯口から絶え間なく湯船に流れ落ちる、ちょろちょろとした湯の音だけが耳に響く。


ぬるめのお湯が、今の肌には心地良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る