第16話
堕落勇者の立ち上がり
第16話「緊急事態故の
ゴドルフィン、ラックは脱出、メルトは戦意喪失、この状況化の中アルスは戦闘を始めた。だが誰が負けているかなんて知らないのでてっきり全員生きて魔王側を圧倒していると思っていた。
先手を取るのは魔王だ。その華奢な体から捻出されるべきではない強さの力で剣を振った。アルスは最初の手の動きから剣を振るまでが一瞬だが果てしなく長く感じる、それと同時に剣の軌道が見える。当然体も追いつくので交わす。
「凄い..これが訓練の成果か」
「中々やるな、だが!」
魔王は三連撃を繰り出した。だがアルスは全ての軌道が見えてくる、自分の斬撃にさえ当たる事が出来る男が他人の剣なんかに当たるわけも無く軽々と避けて見せた。
人間離れの反射神経に魔王は感服しお褒めの言葉をかける。だが感服するだけではない、口を動かしながら足と手も動かしている。
「思ってたよりスローなんだね」
アルスには自分よりも力が弱い魔王の攻撃なんて通用しない。全て見切って交わしその後に一瞬の隙も見せず反撃を行った。魔王も避けようとはしたがあまりの速さに完全には追いつけずかすり傷を貰ってしまった。
「この我の柔肌に剣先を連ねた事は褒めてやろう。だが我は本気を出していないし出す気も無い、我が本気を出したらお前らも知らない特殊な能力を発してしまうからな」
「僕だって本気じゃないさ、まぁ本気は出すけどね」
「まずは単純な剣の技術勝負と行こう」
「あぁいいだろう」
アルスが踏み込み剣を振る。だが今回は遅く振った、魔王は何か考えがあるのだろうと反撃はせず目を凝らして身構える。
アルスはわざと遅く振ってなどいなかった、こんなのをやった事は無かったが今なら出来る気がする。速すぎて遅く見えているのだ。魔王もアルスの速さで力を引き出され付いて行けているので遅く見えるのだ。
魔王は綺麗に剣を受け止めた。アルスは蹴ろうとするが魔王は抵抗して蹴って来た。なんと魔王の方が力が強かった。
「強すぎだろ..」
「我は魔王だからな!!!」
「まぁいいや。剣を使った時の力は僕の方が強いっぽいしね」
アルスは自信満々にそう言ってから剣を構え今度は魔王に主導権を渡した。魔王はそれを察知し動き出す。だがすぐに斬りかかるのではなく部屋を跳び回っている、アルスは音と小さな小さな息遣いを感じ取り何処にいるかを把握していた。
「遅い」
アルスが振り返り剣を振る。そこには剣を振ろうとしている魔王がいた。魔王は右腕を斬られた、相当痛いが大した問題ではない。
この戦いは死をもって終わりを迎える。こんな骨にすら到達していない斬り傷なんて気にしている場合ではないのだ。
「なかなかやるではないか..」
「それはありがとう。でもまだ終わってないよ」
「それを言いたいのは我なのだがな」
魔王は既に斬っていた。あまりの速さに気付いていなかったのだ、アルスは胸元に結構大きな斬撃を受けた。口からも少し血が垂れて来ている。だがアルスは特に気にしていない、大事にするのは当たり前だが一度は死ねる。その強気に出れる心が必要なのだ。不安に巻かれ消極的になるよりも大胆に巻かれ積極的になった方が圧倒的に強い。
「まだまだ行けるさ」
「これぐらいで折れるような奴だったら面白くないからな」
「戦いは楽しむ物じゃないと思うぞ」
「...ある奴から聞いたんだ、今は死んでいる奴なんだけどな。『戦闘は楽しんだもん勝ち』って言ってたぞ。まぁそいつの言葉はそいつの仲間の受け売りらしいけど」
「よく分からないな?楽しんで何になるんだ」
「一応理由はある..けどお前には使えない技だと思うから言わない」
「なんで、言ってくれよ。君に勝つ為にその技を使いたい」
「だーめーだ」
「ケチだなぁ」
「そんな事より知らない..人が一、半魔人が一、動物が一入って来ている。どういう事だ」
「ホントに!?助けに来てくれたんだ!」
アルスは嬉しそう前勇者とその奥さん、そして犬のアレキサンダーが来たと言った。すると魔王の表情が一変し少し焦り出した。何故か急に「早く決着を着けたい」などと言い出す、アルスは前勇者が来たら戦力的に負けるからだろうと理解した。
だったら早く決着を着ける必要はない、最大限引き延ばして全員が集まるまで待とう、そう考え着いた。ひとまず今は死なない程度に戦闘を続ける。
「行くぞ!!!!」
剣を振り続ける、魔王も応えるように剣を振る。特に目立つ傷も無く攻防戦が続いていた、そんな時扉が開かれた。
二人は一旦手を止め誰がやって来たか確認する。
「もう始まってんのか」
前勇者だった。そしてメルトも連れられている。アルスは何があったのかを魔王から目をそらさず訊ねる。
「ゴドルフィンが死んでた。そんでその後急いでたらこいつが自殺しようとしてた。それを止めてその近くでラックが死んでるのを確認、少しでも苦しめてやろうと思って魔王が死ぬ場所を見せに来た..っつーわけだから続けていいぞ」
そうは言うがアルスは理解が追い付かない。ゴドルフィンとラックと言う大切な仲間が死んだのをこんなにサラッと流されたらこうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。
「どう..いうこと?」
「ラックとゴドルフィンは死んだ。俺も悲しいが二人共応援してくれた、勝つしかない」
「そういう事じゃない!!なんで..なんで仲間が死んだのにそんなに...」
「俺が悲しくないと思ってるのか?だったらこの女を連れて来るわけないだろ」
「...」
「そんなこといい!!!早くやるぞ!!!」
だがアルスは剣を鞘に納めてしまった。魔王は不満そうに喚くがアルスは一言残して部屋を出て行った。
「僕今日寝れてないんだ。眠いから寝て来るね」
だがそれが本心でないことぐらい全員分かっていた。
「なんて言えばいいか分からないんだろうな」
「むぅ」
「とりあえず暇になっちまったな。アビリティ無い俺が戦っても意味ないだろうし...話でもするか?」
「お!!良いな!!我は退屈は嫌なんだ!!!...とっその前にメルトをそこに座らせてくれ」
魔王は脇にある椅子に座らせるよう指を差した。前勇者はめんどくさそうにしながら座らせた。メルトは意思も無いような状態で座っている。
そして二人はある話を始めた。
「じゃあ我が誕生した話をしよう」
「そういや魔王はどんな風に生まれるのか知らねぇな。勇者と同じ感じか?」
「ぜんっぜん違うぞ」
「そうなのか」
「まず我はこの世界の者ではない」
「は?」
「我は神から創造されたのだ」
「そういうお年頃だもんな」
「...ならば何故魔王と勇者は同時に産まれるのだ」
前勇者は今まで誰も触れてこなかった事なので何も言い返せない。これは様々な憶測が飛び交っているものの確定する情報は無い。推測に過ぎなかった事実を目の前に佇む少女は知っているのだ。
「知っているのか..?」
「あぁ。神の子だからな」
「教えてくれ!!人国ではずっと秘密にされていた事だ!!!」
「ふーん..だったらそれなりの報酬が欲しいなぁ」
「分かった..ある程度の事なら従ってやろう」
「契約成立だ。してほしい事、それは...」
二人は内密にある契約を交わした。その内容は秘密だが前勇者は酷く衝撃を受けた。今までの人生の全てが虚無だったのかと思ってしまう事だった。
だがそんな前勇者を置いて魔王は続きを話し始めた。
「この世界は神が創り出した。魔王、勇者も、ギフト・ソードもだ。そしてその神は今も見ているはずだ」
「そうなのか...」
「それだけの話だ」
「...」
「どうしたんだ?黙って」
「クッソみてぇだなと思ってよ」
魔王はこの精神力に少し驚いた。自分が創り出された存在と知っても尚動じず顔色一つ変えないのだ
少し怖いまである。
「怖くは無いのか?」
「逆になんで怖いんだ?別に創り出されたんだとしても俺には嫁がいるし友達もいる、充分だから気にすることは無いだろ」
「...我は怖かったぞ。初めて知った時死んでやろうとも思った。けど我の仲間が慰めてくれた、認めてくれた。だから今ここに立っているのだ」
「それがあいつか?」
前勇者はメルトの方を指差した。だが魔王は否定し遠い目で天井を仰ぎながら今は死んでいる仲間の事だと言った。前勇者はその行動と話し方に妙に人間味を感じ少し憂鬱な気分になる。
「まぁいい。とりあえず休憩してようぜ」
「そうだな」
二人は少しのんびりしながらアルスが帰って来るのを待っていた。
すると廊下の方から誰かが走って来る音が聞こえる、次第に近付いて来るので二人だと判明した。二人は誰が入って来るのか扉の方を見ている。
「おらああああ!!!」
「ああああああ!!!」
バリゲッドと前勇者の嫁が同時に突撃してきた。魔王と前勇者は「何をしているんだこいつら...」と言う感情しか無かったがバリゲッドは雄たけびを上げて喜んでいる。
「何してんだお前ら...」
「...あなた達も何呑気にくつろいでるんですか...」
先に前勇者と魔王の事から説明した。その後バリゲッドが賭けをしていた事を話した。すると魔王は何か嬉しそうに感謝の言葉を伝えた。そしてご機嫌で鼻歌を歌っている。
「負けちゃった...ごめんなさい..私...役に立てなかった...」
「良いんだよ。どうせ俺の為とか言うんだろ?俺は大丈夫だから、安心しとけ。お前もいるし、アレキサンダーも来てくれる」
前勇者はそう言って奥さんの頭にポンっと手を置き少しだけ撫でた。だが奥さんはある点に突っ込む。
「汗..ヤバイよ?」
前勇者は余裕ぶっているが実際は滅茶苦茶焦っている。何故ならこの後初めてアビリティ無しで魔王か魔王の部下と戦わなくてはいけないからだ。
そう、残っている[ハーミット・シュワレペントゥ・キースイッチ]が。
一方アルスは適当な客室に入ってベッドに寝転がっていた。
「ラック..ゴドルフィン..」
その頬には涙が伝っていた。そこまで長い期間は過ごしていなかったが数少ない友達だ。記憶にあるのは数人だけなのだ、その二人が一気に死んでしまったのだ。
感情の整理がつかないのだ、涙を流している内に段々と眠くなってくる。先程の発言はでまかせだったが本当に眠くなって来た。
睡魔には抵抗せず大人しく眠りについた。起きたら二人の元へ行こう、そう考えているのであった。
第16話「緊急事態故の
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