第5話 尋問

 翌日の午後になって、シャールは身元の分からない少年が意識を取り戻したとの報告を受ける。

 すぐに尋問をしたいがシャールがしなければならないことは多い。

 投石機による攻撃への防御工作も必要だったし、実際にマージャ王国軍との前哨戦が発生したことで動揺する住民たちを宥めなくてはならなかった。


 倍以上の敵をシャールたちが一方的に倒したということに沸き立つが、王国軍の規模と陣容、相手の将軍の情報は住民や避難民たちにショックを呼び起こす。

 同時にシャールの率いている兵数の少なさも不安材料となった。

 素人目にも明らかに混成部隊であり年配者も多い。


 若い女性の間では、自決用の毒薬を確保する動きが強まった。

 辱めを受けた挙句に殺されるぐらいなら楽に死にたいという気持ちになるのも無理はない。

 それだけビースト・ジャバダンの悪名が鳴り響いていた。


 シャールは内心の悲観的な思いを隠して、城内の各所に顔を出し堂々とした振る舞いをする。

「この私がいる限り、マージャの奴らなど恐れるに足らん」

 自分でもどうかと思う大言壮語を口にした。

 内心では自分の言葉に赤面する思いでいるが、味方を欺くのも将としての役目だと割り切るしかない。


 急ぎの用を片付けてからシャールは、カチュアを呼び出すと小六を軟禁している部屋に向かった。

 町の要塞に付属する尖塔の上階に位置している身分の高い者を幽閉するための部屋へと急な階段を足早に上る。

 ガシャンガシャンとシャールたちの靴音が階段に反響した。

 階段を上りきると部屋の入口で見張りの兵に合図を送り扉を開かせる。


 シャールもザルツに長く滞在しているわけではなく、実はこの部屋の中に入るのは初めてだった。

 円筒形の尖塔の外周にそって壁が湾曲した形状の部屋に入る。

 石がむき出しの床の奥の方に小六と狼が座っていた。

 懲罰目的で造られた部屋ではないので、鉄格子がはまってはいるものの窓もあり、それなりに快適に過ごせていたはずである。


 そこそこの広さがある部屋だったが、さすがにシャール他数名が入ると少し手狭な感じになった。

 見張りの兵士が報告する。

「どうも言葉が通じないようです。ご命令通り用意しておいた飲み物と軽食を与えたところ完食しております」

「ご苦労」


 少年は必死に怯えを隠そうとするようにして、狼の背を撫でていた。

 シャールたちの出現に驚くように見開いた目は、髪の毛と同じようにブラックオニキスを思わせる漆黒である。

 謹厳な表情のシャールであったが、密かにこの子犬のようなつぶらな瞳に魅了されるのを感じていた。


 シャールは後ろを振り返る。

 長い階段を上ったせいで息を切らしているやせぎすの男、軍団付きの魔術師に通訳の魔法を命じた。

 魔術師は何度か深呼吸をして息を整えると、もごもごと呪文をつぶやき、頷いてシャールに合図を送る。

 シャールは状況が分からず困惑しているように見える小六に向かって優しい声をかけた。


「私はシャール・ド・エッサリア。この城の指揮官だ。あなたに対して今のところ害意はない。ただ戦時中なのでね。質問をいくつかさせてもらう。嘘は分かるので無駄なことはせぬことだ。正直に答えてくれれば心象は良くなるぞ。まずは名前を聞こうか」

 事前に警告を与えたこと自体が小六への好意の現れと言えなくもない。


 小六は急に言葉が通じたことに驚いた様子を示した。

 ぱちぱちと目蓋をしばたたかせると、おずおずと口を開く。

「俺の名前はころくだ」

「コロクか。いい名だな。それでコロクはどこから来た」

「武州」

「ブシュウ? 聞いたことのない地名だな。ここはブラン帝国のザルツだ。分かるか?」

 こんな調子で質問とそれに対する回答が繰り返された。

 シャールがチラリと魔術師に視線を向けると軽く頷き返す。

 通訳の魔法によって言葉は通じたが、あまり実のある中身は小六から聞き出せなかった。


 尋問を終えて執務室に戻るとシャールは魔術師に再度確認する。

「あのコロクという少年は嘘は言っていないのだな」

「はい。言葉が通じていますし、私の魔法は確実にかかっています。ですから、彼が嘘をつこうとすれば分かるはずです」

「ふむ。コロクは薬を売り歩く商売をしており、狼に誘われて池に飛び込んだら何もないところをずっと落ちて意識を失った。それ以降は覚えておらず、気が付いたらこの場所に居たというのか。まったくもって面妖な話だ。信じがたいが嘘は言っていないとすると、頭をぶつけて本人もわけが分からなくなっている可能性もあるな」


 カチュアがそれに反応した。

「ただ、衣装と履物は明らかに異国のものではありますし、所持していた曲刀は見慣れぬ拵えです。また、背負っていた箱に入っていたものは、効用は不明なものの、薬草のような匂いでした。本人の語る内容と大きく矛盾はしないと思われます」

 

 シャールは唇を尖らせると、そこを右手の人差し指でタンタンと軽く叩く。

 考え事をするときの癖だった。

 口紅など不要な色つやの良い唇がぷるりと指に押されて形を変える。

「神の御業で連れて来られた異邦人ということか。確かにそういう話は数少ないが前例がないわけじゃないな。しかし、異邦人とは言ってもコロクは特殊な能力を秘めているようにも見えないし、本人の言うとおり家族のために旅に出ている行商人という説明がしっくりくる。もっと幼いかと思ったが十七歳というのには驚いたが……」


「それで、いかがいたしましょう? このままあの部屋で軟禁を続けますか?」

「これから防衛戦が本格化しようというときに無駄に人手は割けないな。武器はこのまま預かったままとするが、あの部屋から出して避難民と一緒に寝起きをさせよう。村の長などしっかりした人物に見張らせておけばいい。そうだな。あの格好は奇異に見えるだろうから、部屋を出す前に衣装を何か見繕って支給してやれ」


「狼はいかがなさいますか? 神の遣いというようなことをコロクは言っているようですが」

「とはいえ、特に変わったところがあるわけでなし、大人しくしていて見た目は犬とそんなには変わらない。そして、コロクによく懐いているようだ。住民に危害を加えぬ限りはコロクと一緒にしておけばいい」

 シャールは、神の遣いというならば、この戦に僅かでもいいので加護を与えて欲しいものだと願った。

 


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