第9話

 「まったくさあ、何でこんな面倒くさいことに巻き込んでくれるのかなあ。」

 「何言ってるんですか、部長。喜んでたじゃないですか、依頼料がバカ高いって、ホント、あの人そんな豪華な暮らししてないようなのに、どっからお金持って来たんだろう。」

 「知るかよ、知る必要もねえし。俺らはさ、黙ってればいいんだ。」

 「まあ、そうですけど。」

 私は準備をし、依頼人の元へと向かっている。

 まさか、この後に聞く話がそんな内容だなんて、思ってもいなかったのだから、至って呑気に、買ったカフェラテを啜っていた。

 「いらっしゃい、どうぞ。」

 せわしなく動き回りながら、私を宅へ招き入れ、座布団の上に座らせる。聞けば、これから仕事があって、少しの時間しか取れないという事だった。

 ではなぜ、あのような差し迫った電話を、くれたのだろうか。

 少し前、この人からかかってきた電話は、とても奇妙なものだった。

 「はい、お世話になっております。」

 「ああ、あのね。話があるの。ちょっと勢い込んでて悪いんだけど、考えたんだけど、伝えなくちゃいけないと思って、だから今からきてくれる?時間があったらでいいんだけど、可能かしら。」

 「いいですよ、どちらへ向かえば?」

 「あたしの家、平気?」

 「ああ、確か、そんな遠くなかったと思うので、大丈夫です。」

 「そうありがとう、じゃあ待ってるから。」

 「はい。」

 なんて会話を交わして、私は電話を切った。

 所長にそれを伝え、最初のくだりを経て、今になっている。

 でも、一体何なのだろうか。

 それを疑問として、私は少しだけ警戒心を抱いていた。そもそも、こんな違法まがいのことを、やらせる人間にまともな奴はいない、それは確実で、でも私には、やっぱり金を稼がなくてはならない理由がある。

 

 

 私には、子どもがいる。

 その子は、今海外にいて、治療を待っている。

 こんな言い方をするのは嫌だが、助からないのだ。けれど、苦しむ我が子を見て、何もできない人間など要るのだろうか。

 それを考えている内に、私の中に道徳心など無くなってしまった。

 あの子のために、私は生きている。

 だから、罪の意識はない。


 「ごめんね、準備できたから、呼びつけちゃったのに、あたしの方がバタバタしていて。」

 「いいんですよ、気にしないで下さい。これからお仕事なんですね、大変ですね。」

 「ふふ、まあね。でも暇だから、楽しいこともあるし。」

 「そうですか。」

 見た目は、普通に快活ないい人といった出で立ちだった。

 が、彼女は言った。

 「それでね、やっぱり伝えておこうと思って、あ、確認なんだけど、秘密守ってもらえるのよね。」

 「それは、確実に致します。そういう業界なので。」

 「そう、それならよかった。」

 彼女は安心したように息をつく。私は、何だろうと首を傾げた。こういう業界だから、こういう仕事だから、確かに秘密のない依頼人などいない、が、こんな前置きをもって話す人はあまりいなかった。本当に隠すべきことに関しては、彼ら彼女らは絶対に、口を割らないから、なのに、彼女はいったい何を自分に伝えようとしているのか、見当がつかなかった。

 「実はね、あたし、人殺したことあるのよ。」

 「…は?」

 「服役もしたの、もう出所してるけど。」

 私は、言葉が続かなかった。確かに、そういう人もいる、が、この人はそんな風には見えないし、なぜそれを私に伝えるのかも不可思議だった。

 「ごめんね、巻き込みたくなかったんだけど、何かもやっとしていて。あたしが依頼している写真はね、証拠なの。それが見つかると、あたしはさらに、重い罪を課せられる。だから、絶対に見つかってはいけないの。」

 彼女の言葉は真実のようだった。

 言葉とは裏腹に、素直で人のよさそうな笑みを浮かべ、私を見下ろしていた。

 

 

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