第8話

 手を取り合うには、あなたはとても幼過ぎたのだと思う。

 「白樺さん。」

 ふわりとしたワンピースに、見せつけるようなウィッグ、それに何の意味があるのかは分からないが、彼女はいつもロングでストレートな、髪の毛を身につけていた。

 普段の、彼女はさっぱりとしたショートヘアで、私はそれも似合っていると思っていたのに、彼女はただ嫌がっていた。

 こんな髪の毛のままでは嫌、とっととこの仕事を辞めて、店を開くのだと豪語していた。

 しかし彼女は、もういない。

 この世からさっぱりと、消えてしまったのだ。


 「聞いてくれよ、私はずっと白樺さんのことが好きだったのに。何でいなくなったんだよ。」

 

 スーツを着、仕事へ向かう。

 地味な服装は、私をきちんとした人間に見せてくれているのだろう。

 内実はずっと、不誠実でしかない私に、この服はいつもまともを与え続けてくれている。

 「四ツよつぎ、今日はこれ調べてこい。」

 「ああ、はい…。」

 私は頼りなく、部長が提示する内容に目を通す。きっと無理だ、こんなことをしたって、うまくいくわけがない、だって、この人はもう死んでいるのだ。

 「何だよ、そんなしけた面すんなよ。」

 「だってあの、部長これ、もう死んでる人じゃないですか。」

 「そうだよ、でも知りたいって人がいて、お金を払っているんだ。俺たちは仕事で、それをこなすだけ、何も悪いことなんか無いじゃないか。」

 「…そうですね。」

 そう言って、私はすぐに外へと向かう。社用車などないから、公共交通機関と徒歩で、現地へと赴く。

 私の仕事は、調査業だ。

 主に、一般的な企業には頼みにくいことを、ネットで募って話を聞き、解決するという仕事だった。

 そもそも、法律に抵触しているのでは?と思うことだって数多くあったが、世間はそんなに甘くない。

 うまくすりぬけて息ができればそれでいい、部長はそう言っていた。

 

 「あれか。」

 見えてきたのは、でかい豪邸だった。

 あそこには、昔家族が住んでいたのだという。

 依頼人は、あの城について調べて欲しいと言っていた。あそこに、自分の大事なものが眠っているのだという。

 じゃあ、そこに住んでいる人間に頼めばいいのでは、と伝えたはずなのに、依頼人は自分はあそこの人間によく思われていない、だから頼む。と言われてしまったらしい。

 これは違法だ、私は分かっている。

 けれど、私にはここまでして、それで成し遂げたいことがある。

 私には頭から抜け落ちない感情がある、ずっと残り続けていて、忘れることができない。

 なぜなら。

 「あれ、あなた何してるの?」

 あ、と思った瞬間、隣りに立っていたのは、子供の手を引いた女性だった。

 「いや大きい家だなと思って、つい。」

 私はとっさに苦し紛れの嘘をついた、が、彼女はいぶかしんだ様子で、「あたし、ここの住人なんです。何か御用ですか?」と言い直してきた。

 何だか苦しくなって、私は頭を下げ、その場を後にした。

 ぜいぜい、と息を切らしながら、私は考えている。

 この依頼人は、ここの主人と愛人関係にあったらしい、たかが短い人生で、そんな短絡的な妄想に飲み込まれているのは、滑稽ですらあると思ったものだったが、依頼人は、彼女は切実だった。

 彼女は、私の目を見て、言った。

 「写真が欲しいの、だからお願い。」

 今は一人で住んでいるのだという、けれど、遠くに引っ越すことになって、その主人との関係を証明する写真は、すべて奪われてあの城の中に閉じ込められているのだという。

 「まあ、写真くらいだったらいいんじゃないか。愛人だし、頼んでくれるというわけではないだろうし。」

 と部長は言った。

 私も、そのくらいだったらいいかと、思っていた。

 が事態はそう甘くなかった。

 この依頼人という女は、そんな生易しい人間ではなかった。

 人を、殺したのだという。

 私は彼女のその告白を、冷え切った手をさすりながら聞いていた。

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