第7話

 そして次に始めたのがお掃除の仕事だった。

 あたしは、このけったいな色をした髪でも、受け入れてくれる小さな清掃会社に就職した。

 若いから、社員でいいのだという。

 父から逃げ出したようあたしでも、いいよと言ってくれる社長は、とても優しげな顔をした男性だった。

 ああ、自分の父親がこんな人間だったら良かったのに、と娘自分ならだれでも思う事であろうくだらなく幼い幻想を抱いていた。

 しかし、仕事は生易しいものではなかった。

 人事管理に、実務的仕事、どちらもこなそうとするとたいそう労力が要る、大変な仕事なのだった。

 けれど、遊ぶ人もおらず、毎日が憂鬱でしかないあたしにとって、その仕事はとてもありがたく、かなり真剣に取り組んでいた。

 そして、今では昇進し、会社も大きくなり、結構えらいところまで来てしまった。

 「お父さん。」

 「ああ、うん。」

 お父さんとは、もうかなり前から交流している。

 あたしには、子どもがいて、夫もいて、そして仕事もある。

 父には、もう何もない。

 昔はあんなに威張っていたというのに、今はひっそりと息をひそめるように生きている。

 しかし、その余った時間を、趣味に充てているのだ。

 昔からやりたかったはずなのに、無視をしていたことを、片っ端から丁寧にこそぎ取っているのだという。

 今手に持っている工具は、父が長年やりたくてたまらなかった、マシン制作なのだった。

 こういう、理系チックなものに男があこがれを持つのはなぜなのだろう。

 分からないけれど、あたしはそんな父とは、今言葉を交わせている。

 仕事に邁進している時には気付かなかったのだろう、そういう見落としてきたものを、今着実に拾い続けている。


 ああ、結局あの時の選択は間違っていなかったんだ。

 父が死んでから、あたしは父がまだ所有していたあのお城の家を整理している、今思えば幼い娘のために買ったのだなと思わせる、遊具や調度など、馬鹿にしていたあたしが、ただの阿呆だったのだと気付かされる。

 あたしは、父が好きだった。

 本当は大好きだった。

 けれど、どうしてうまくいかなくなってしまったの分からない、だってもう、分かる必要なんかないのだから。

 あたしはもう、違う次元で息をしている。

 子供ができ、そうだな。夫と結婚した時もそのような感じはあったけれど、でも、やっぱり子供ができた時には、あたしは何か、今まで住んでいた世界とは違うパラレルワールドで生き始めたのだなという実感があった。

 だから、あたしは結婚をしたり、出産をしたりした友人には、小さな花束を贈ることにしている。

 どこかへ行く彼女彼等への、餞別として。

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