第4話

 「邦子来たよ。」

 「ああ、うん。久しぶり。」

 本当に久しぶり、って感じで、いつ以来だっけ、ここ最近はお互い忙しくて全く会える機会が無かったから、あたしはみずきの顔を見ることがとても楽しい行事であるような気さえしていた。

 「忙しいのにごめん、来てくれてありがとう。あのさ、みずきの旦那さん、またテレビに出てたね。すごいよ。」

 「ふふ、でもね。あの人変だから、すぐに干されちゃったみたい、テレビからしたら、あんな朴訥ぼくとつな人面白くないんだって。」

 自虐的に、しかし愛おしそうに笑うみずきが、とても美しかった。

 あたしは、自分の自画像というものが頭の中には常にあって、今のそれはドロドロに汚れた薄汚い何かのようであって、正直人と関わることでさえそれが漏れてしまうようで嫌だった。

 けれど、

 「それにしても、満ちゃん抱えて、あんたは大人になったね。」

 「それ大人っていうのかな。アタシが子供っぽかったのは、やっぱり若かったからなんだよ。いつか必ず大人になる、何があっても、無くても、あたしはあたしにしかなれない。それはきっと、誰かに批判されることなどではない。あたしにすら、自分にすら、きっとそんなことはできないのよ。」

 「何よそれ。何か考え方まで大人じゃない。まあいいか、昔のどうしようもなかったあんたから考えたら、今は絵本も少しずつだけど、売れてきてるんでしょ?だったらいいわよ。うらやましいわ。」

 あたしは黙った、そしてみずきに、ちょっと前に人からもらったおいしいお茶を、淹れてみようと思った。

 

 あたしを大人にするには男でもなく、仕事でもなく、子どもなのだった。

 それはまず間違いなく、確実なものだった。

 なぜなら、人々が想像する大人、そのすべての像が自らの両親に向かっているからなのだと思う。

 あたしは、だったらつまり、大人になる必要なんて無かったのだ。

 満には、父親がいない。

 聡はもう戻ってこない。というか、満は聡の存在すら知らない。

 あたしからすれば、こんなに可愛い満を、奇跡のように生まれたって言ったらあれだけど、本当に親にとってはそうなのだ、奇跡のように生まれたこの子を、捨てて他に、楽しいことなどあるのだろうか。

 でも、もしかしたらそれは聡の弱さなのかもしれない。

 聡はとても弱い生き物だったのかもしれない。

 そう考えたら、何かすべてがどうでもよくなってきたのだ。

 あたしは、みずきにクッキーも持っていこうかと考え、けどあの子はクルミにアレルギーがあったよなと思い出し、満用に買ったお菓子を持っていくことにした。

 こういう毎日でも、いいのだ。

 あたしは今、そう思っている。

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