第2話

 さとしと出会ったのは、ただの偶然であった。

 いつも通いにしている喫茶店で、彼は店員を務めていた。

 まだその頃は大学院生で、社会になど出ていなかった。かくいうあたしは、絵本を書くことに執着し、それ以外を疎かにし、仕事以外などロクに目もくれないくだらない奴だった。

 しかも、仕事といったって、近場のスーパーで品出しを行う単純な作業員なのであった。だからやりがいなど無いのだし、それは雇っている側だって分かっていて、安く使える労働力としてしかあたしたちのことなど人間として見ていなかった。

 それを分かっている、分かっていたけれど、でもなぜか全身からは虚しさばかりが残っていた。

 だから、少々出費は痛いが、ここに来れば絵本を進めるアイデアがもりもりと浮かぶのだし、現に評価も良かった。

 いや、誰に見せているというわけではなかったが、この絵本を気に入っているという知り合いがいて、そいつは高校の同級生なのだけれど、交友関係が広く、私のような人間でさえ、ずっと付き合い続けてくれている。というのだろうか、私は友人関係がないから、勝手にそう感じているだけで、正直友人とは呼べないだろうと思っている。しかし、その女は特殊で、あたしの絵本をかなり気に入っているらしく、ゲラゲラと声をあげながら読んでいる。

 みずきといい、すでに結婚をし、子供までいる。

 腐れ縁、といったらそうなるのかもしれない。

 あたしは、そういう感じで、絵本だけにすがりついて、他のことなど見ないようにしてきたのだ。

 なのに、聡は、あたしのことを気に入っていたらしい。

 「今度、ご飯行きませんか。」

 あたしは、そう誘われたが、面倒くさくてたまらなかった。感情というものが、どこか麻痺しているのかもしれない。そういう、何か面倒くさい関わりに、極力関わりたくなかったし、毎日働いて生きるだけで全動力を使い尽くしていたから、無視し去った。

 だが、彼はなかなかにしつこい野郎で、またその喫茶を訪ねると、シフトを合わせたのか毎日いるわけでは無いのに、いつも顔を見るようになっていて、ある日。

 「俺も座っていい?」

 と、手にコーヒーを持って話しかけられ、その逃げ場のない状況に、あたしは苦笑いしか返せなかった。

 まあ、黙っていれば特に何という害があるわけでもないし、昔からこのような男はたまにいた。アタシがすげえおかしい奴だから、面白がってなんか話しかけてくる妙な奴。

 その一類だろうなと踏んで、もう黙った。

 しかし、その後いくらしても彼はいなくならないし、あたしは根負けして、つい話しかけてしまった。

 「何なの?何か、面白いことでもあるの?あたしさ、別に人付き合い得意じゃないから、あなたイケメンだし、もっと可愛い子がいっぱいいるじゃない。だから、話しかけなくていいんだって。」

 少し自虐も含んでいたが、それはあたしの本音だった。

 さすが、カフェに採用されるだけあって、こいつの顔は端正で整っていて、しかしそこが少し嫌いだった。

 あたしは、もういいだろう、礼儀は尽くしただろうと思い、金を払い席を立つ。

 仕方ない、ここは気に入っていたけれど、また違う所に向かえばいいのだ、あいにく、この近くにはカフェが点在していて、きっといい店は見つかるだろうと踏んでいたから、特に困ることなど無かった。

 しかし、あたしは自立して、生きていくことに執着を持っていた。

 精神的に誰かに依存をすることを、だから極端に恐れていた。

 あたしは右に行っても、左に行っても、どこに行っても、強くはなれなくて、それが嫌で嫌で仕方がなかったのだ。 

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