お子ちゃまの恋
@rabbit090
第1話
「ヤバい、でかいね。」
「当たり前だろ?いくらすると思ってんだよ、お前ホント馬鹿だよな。」
そう言って男は笑った。
あたしは、悔しいという気持ちを抱きながらも、何も言い返すことができない。しかし男にとってはそれがとても、面白いものであるらしく、にっこりと満面の笑みを浮かべながら楽しげな様子だった。
こんなに海が近く、いわゆるオーシャンビューという奴で、何かすべてに許されているというか、これが祝福されている気持ちなのかと思わざるおえなかった。
はあ、何でよ。
あたしは内心、ため息をついていた。
恥ずかしいくらいくすぐったい気持ちと、早く逃げ出してしまいたいという心がない交ぜになって、気持ちが悪くなっていた。
「おい早く来いよ。」
自信満々の笑顔を浮かべ、これからのことについて何やらいろいろと思索をしている、ある種の無垢さをむき出しにしてひけらかしているこの男の、少年のような笑顔が、きっと全ての悪さなのだと思う。
あたしは、でも考えることをやめて、足を一歩踏み出した。
「………。」
黙々と商品を袋に詰めている。
こんな単純な作業でさえ、周りの人間の顔色を伺いながら、取り組まなければならない。こんな簡単なことで、声を荒げる必要などあるのだろうか。
というか、奴らマダムであるのなら、黙っておしとやかにしておけば良いものを、夫はこのような女どもを妻として娶って、幸せなのかとすら疑ってしまう程なのだった。
「ちょっとそこ、ずれてる。しっかりして。」
隣りからひじで小突いてきたこの女は、昔からここで働いているという古参のパート従業員なのだった。
しかし、そのようなことをこのような口調で言われても、周りを見回しても、みな似たような間違いを犯しているし、事実それを指摘した当人ですら、作成したいくつかの成果物には、その、ずれ、というものがはっきりと残ってしまっている。
ではなぜ、あたしだけがこのような口調で、このようなことを言われているのかというと、やはり気に食わない、この一点にかかるのだと思う。
とりあえず、「…はい。」と笑って会釈をし、作業に戻った。
そうしたら、女は不満そうな顔をしてにらみ、また自分の作業へと没頭し始めた。
女とは、世にも怖い生き物なのだと、昔から知っているつもりであったが、ここに来てからは恐怖を飛び越えて、生理的嫌悪にまで昇華してしまったのかもしれない。
家に帰り、顔を見ると、蒼白になり血の気がなく、恐ろしいものを目にしているかのようだった。
少しでも何かを取り戻したくて、あたしはまた絵本を作り始める。
これをしていれば、きっとその他他のことはすべて、ただの戯言でしかなくなる。
あたしの脳は、自分で考えるという働きを取り戻し、顔にも健全さが浮かび始め、そしてやっと、眠りにつける。
「ああ、疲れた。」
一人暮らしの部屋で、あたしは声をあげる。
友達もいない、そして彼氏などできたこともない。
あたしはこのまま、どうなってしまうのだろうか。でもそんなことはどうでもよかった、あたしは今、たった一人で生きていくとしても大丈夫だという確信を持っている。だから、気がかりなのは、この子供のような、大人の態度をすることができない、自分にたいするもどかしさだけなのだった。
大人になりたい、と願い始めてから幾分か、長い時間を経たはずなのに、あたしはいつまでも子供のままで、だからすべてがうまくいかないのだろうと、決めつけていた。
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