第七話 追憶

 アーモンド丘も点の様になった。それほどまで遠い所へカリーらは行ったのだ。空は橙色である。

「カリー、さっきクラメタ妃からなんて言われたんだ?」

「んー、秘密。女と女の」

「俺もいわゆるオンナだけどよ」

 今度はウルメ山に登るため、その麓を歩いている。毛の生えた岩が転がっていて恐ろしい。

「ニンバスは、恋人とかいないの」

「カリーが初めてだよ」

 足を止めてしまった。獣のように舐められたり、抱かれる事はまだ受け入れるが、恋愛までは出来ない。戸惑いがカリーの背中を覆った。

「ニンバス……嫌だよ」

「……」

「嫌だよ、ニンバス」

「ふふ」

 ニンバスは不敵に笑った。

「ごめんね。嘘だよ。私はカリーの事友達だと思ってる。本当に恋人だったら噛んでるし、私の巣に連れてったげる。でも、そうしてないでしょ?」

「……そっか。なら良かった」

 安心したカリーの陰で、ニンバスは心底落ち込んだ表情をしていた。

 山には、彼らが考えていたよりなだらかな道が敷かれていた。夕日は地平線を照らして、山の木の隅々を染めていた。

 頂上と思わしき場所に着いた。そこで、水場の近くにメランコリアがうずくまっていた。

「メランコリア王!」

「……キュムロニンバス」

 メランコリアは、カリーが出会った頃より暗く、億劫になっていた。

「迷惑をかけてすまない」

「良いんです。今回は、どうしてここに向かわれたのです」

「カリー……に申し訳なかったから」

「私?」

「俺はお前と似た境遇だった。王なのだから、民に寄り添っても良いはずだった」

 メランコリアがうつむく。

「結局、王の立場を濫用して手籠めにしたんだよ。キュムロニンバス」

「手籠めって……」

「お前は知らないかもしれないが、私の様な王族に色を仕掛けられると、大抵の者は断らずに受け入れる。地位が地位であり、また名誉の血に関わるからな」

「しかしこのカリーには、王に対する恐れが見られません」

「そうだよメランコリア。私あの時は戸惑ったけど、メランコリアの事は嫌いになんかなってない」

 なおも、メランコリアは納得のいかない顔をしている。

「後は王の責務からも逃げたな。普段抱える患者を、もう二十箇日ニジッカも癒していない」

「お抱えの獣医がおります……リピプルは十回に一回誤診を下しますが、それでもみなを癒しています。全て王の支援のために、我々はそばについているのです」

「ニンバス、カリー。俺はそんな支援で立ち上がれない」

 未だ膝を抱えて、メランコリアは水場を見つめている。

「人も獣も、老いも若いもみな苦しんでいるけれど、そんなものは関係ない。父を失った俺はむなしく、虚ろだ」

「「……」」

「詩歌の趣味じみた言動が好きだし、諦観して生きる事が好きだった。だがそれをいつまでも続けてはいけない。俺はメランコリア王。特にカルマを担う人間だ」

「しかし体と心が動かない。しかし民と臣下が俺を、しかし…………」

 ニンバスはメランコリアに歩み寄り、静かに左隣へ座った。

「飽きたんですね」

「『飽きた』……」

「たまに味わいますよね。飽き」

「飽きかなぁ」

「あるいは恋」

「恋」

「あるいは追憶」

 ほぼ同じ様な会話を二人は繰り返していた。何をすべきか分からなかった私は、二人の前に座った。

「とかく、メランコリア王」

「ニンバス」

「あなたは変動が好きですから、私の声掛けも嫌に感じられるかもしれません。その上でお伝えします」

 ニンバスが立ち上がったので、私も同様に動く。

「悪政を除き、私共はあなたの手となり足となります。御心のよろしい時、言を放てばいつでも受命いたします」

 ニンバスらは身を下げた後、山を下って行った。


「もういい?」

「良いぞ、カリー」

「さっきのニンバスかっこよかった」

「メランコリア王族と言う様に、俺もドラゥクの血を継いでるからな。種族ぐるみで王に使えている以上、口調はああでも言えないとダメなんだ」

「口調だけじゃなかったよ」

 カリーは王の事を思い出し、ニンバスに尋ねた。

「そう言えば、メランコリアを連れてかなくても良かったの?」

「直に来る」

 カリーが後ろを振り返ると、遠くにメランコリアが見えた。

「もう来た」

「王は時折憂鬱にかられる。その度に、私達が彼らを支え、癒して来たんだ」

 メランコリアが枯葉を踏み、越えて二人に着く。

「ニンバス、カリー」

「メランコリア」

「戻る事にした。腹が減ったからな」

「今日の食肉はアホンダラぎゅうだそうです」

「そうか。たまには……くどい肉も良いな」

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