第六話 性の王家
ノミナリカたちに付いていき、ニンバスらは丘へ到着した。色乱れる花園、名前通り様々な色の花がそこに広がっている。
「じゃあ、私たちもどります」
怯えるように、ノミナリカらは道を引き返した。
「入れちゃダメだって、さんざ言われたんだろうな」
「……行こう。時間ない」
丘を上り、緑の花畑をよけ、家へ行く。着いて見たその家は、まさに役所の広さであった。
「ニンバ」
「頼もーー!!!!」
場違いな掛け声に、獣らしい拳でニンバスが扉をたたき始めた。
「何やってんの!!!!」
「なんか怖いからよう」
「私あんたの方がこわ」
「はいはい、どちら様です」
激しいノックとは裏腹に、平静な兎が出て来た。彼の毛は、老いのせいか黄ばんでいる。
「いつもニンバスと仲良くさせていただいてます、私人間のカリー・シャと申します」
「カリー?」
「どういった要件ですかな?」
「はい。隣国カイマで、私たちに起因する騒動を起こしてしまいまして」
「と申しますと」
「私の失態により、メランコリア王が失踪……」
「何と!!」
落ち着いていた彼は、瞬く間に怒りを宿した。
「貴様人間と言ったな!? だからメランコリア王はいなくなったんだよ!! ドラゥクが付いていたって王家はみな失せるんだ!! その度に、ドラゥク代々王を探したって言うのに……!!」
(誰だっけ、えぇと……インボレか)
「ひ、久しぶりインボレ」
一瞬き、場の空気が凍てついた。それから少し後に、インボレは何かを思い出した。
「あぁ、お前キュムロニンバスか」
「そうだよおじいちゃん。相変わらず怒り狂ってんね」
「お前のボーイフレンドのせいだ」
先程とは打って変わり、インボレの顔は冷めていた。
「お前も成長したな。人間のボーイフレンドまで連れやがって」
「何回言うんだよジジイ」
「ジジイ……」
もうあの怒気は感じられず、代わりに役所会議の緊張感が漂っている。
「テラ、王についてどう思う」
「んーーにゃ、歴史上はスクリ湖が多く、次いでショージ川、三位はプリスス池だけどなぁ。近年はそのどれにも向かわれない」
「ウルメ山は」
「そこはただのニンバスの行きつけだろう」
「いや、一度だけドラゥクがそこで王を見つけた事があった」
「あの、すみません」
三人が一斉にカリーの方を向いた。それに驚いて退いたカリーは、頭を後ろにぶつけた。
「ドラゥクって何です? いてて」
「お前は人間だから、知らんか」
「関係ない気がするけど」
「まぁまぁ、テラさん、彼女に歴史について教えてあげてください」
「「「彼女?」」」
「……彼」
返事をする暇もなかったのか、テラはどこかへ向かっていった。しばらくすると赤茶色の、獲物を打ち殺せそうな厚い本を持ち帰って来た。
「ちょっと待ってな……名前何だっけ」
「カリーです」
「カリー君」
本のページをめくっては返し、めくっては返す。仕事のように単調な作業は、ニンバスを眠らせるまでに至った。
「もう少し待て。テラはこうやって時間はかかるが、その後の説明が極めて単純なのだ」
「はい、準備出来たよ」
面合わせ、テラによる語り継ぎが始まった。
神話によると、この世界の原種はシーチューからなります。シーチュー、ネズミらはいくら性交しても子どもを妊りませんでした。そうして五万年後、生殖以外の多様な進化を遂げた彼らは、二つの生命を創りました。人間メランコリア、黒兎ドラゥクです。
その創造者は、アー・チューシーと記されていました。
「ニンバス……」
「話を遮らないでください」
シーチューらの体毛は色彩豊かでしたが、銀髪を冠していたのはアー・チューシーのみです。
初代メランコリア王はチューシーと婚約されたといわれています。ただし、チューシーの子はドラゥクとの性交によるものです。メランコリア王もまた後にトランシデスの子を抱えますが、そのトランシデス王はチューシーと性交する予定であったにも関わらず、サピストゥスと誤ってされました。別のシーチューの娘です。
サピストゥスは子プラシパートを産みますが、彼は後にメランコリア王家の重要な存在になっていきます。
「以上です」
思わず拍手をしたが、その拍手のリアクションは、怪訝とニンバスの不機嫌であった。
「話終わった……?」
「めちゃくちゃ分かりやすかった!!」
「良かったね……」
「ニンバスたち、これからどうしていくんだ」
「そうだな。さっき言ったウルメ山に行こうか」
テラは、暑さで茹で上がりすぎた置き卵を外から取り、みなに分けた。こうして役所会議は終わるかのように思われた。
「……」
「おお、おはようクラメタ
ニンバスとカリーが彼女を見る。
「……小娘」
「えっ」
初対面で「小娘」と言われて、驚かない小娘はいない。カリーはやや怒りを覚えた。
「インボレ、私の事を、紹介しそびれてたわね」
「いえ、いいえ……」
「ハジメテの反応だもの、この
「クラメタ妃、こちらはカリーの名を持っております。妃について未知ですので、いくらか彼に享受していただけると幸いです」
「ふん」
クラメタがカリーに近づく。
「あなた、未亡人なのね」
「……どうして分かったんですか」
「千年も生きていれば、魔法の一つくらい使えるようになるわ」
思えば、クラメタと最も近しい者は、恐らくカリーのみであった。
「名前は……」
「カリーです」
「カリーさん。私も秘密を教えましょう」
いつの間にか、二人の距離は長年の隣人のように収まっていた。
私はね、親が分からない娘だったの。十五歳までは白い毛の……ネズミさんに育ててもらってた。十六歳からは旅に出たわ。
いるかも分からない親を探した旅。その果ては
何百年前か、嵐の昼にあの人はやって来たの。名前がメーア・ノプッシォだから、今思えば王族の人だったのね。
恋して、愛して、喧嘩して。その彼はもう今はいないわ。ただ彼との子が、純粋な証明になってくれた。
「そこから、私がメーアを継いでることになるわね」
話を聞き終わったカリーの目から涙がこぼれた。同情か、羨望の涙か。
「素敵な顔ね、あなたの夫」
また涙は流れ、今度は止まらずに流れ続ける。最も近くにいて、最も遠い場所にいた彼を、ようやくクラメタのおかげで見つける事が出来たのだ。
涙をこらえ、クラメタに向かってカリーは放った。
「いってきます!!!!」
「行っておいで」
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