第四話 アーモンド丘場に瞬いて

 カリーたちは部屋を出て、受付係にやっと鍵についての告白をした後、やはりあったマスターキーで元部屋の鍵を開けてもらった。

 こうして戻ると、鞄が消えている事にカリーは気がついた。加えて彼の持ち物さえもベッドの下からいなくなっていた。

「どうしよう、ニンバスーーっ」

「落ち着いて。警察組織アッチェに通報をお願い出来ますか」

「はっ、はいぃ」

 受付係、もといニタムラは驚いていた。カリーと同じく、伝えていない自分の名前を言い当てられたからだ。

 情けなく走るニタムラを二人は見届けた。少し冷静になれたのだが、すると部屋に散らばる毛も見えて来た。

「金色の毛だね」

「あぁ、私みたいな獣が王とその荷物をさらったんだろうか……」

「これだからっ!!!!」

「よそ者は入れたくなかったんだ!!!!」

 遠くから大きな足音をさせて、見知った兵士テイドウとインゴトが部屋に乗り込んで来た。

「テイドウ!」

「テイドウ、じゃねぇクソガキ! てめぇを母さんなんて呼んだのが間違いだ。王を説得するどころか変なホテルに連れ込み、挙句拐わせてるんじゃねぇか!」

「いや、いや……違う」

「違うんだったらよ、連れて来いよ。メランコリア王を」

 カリーを睨みながら、憎しみを込めてインゴトが言葉を吐いた。

「す、すまんテイドウに……インゴト。俺だって良い嗅覚をしておきながら、王の存在すら感知出来なかったんだ」

「いや、お前は違うだろ。カリーだったか、この娘と違ってお前は一人でここに来ているんだろう? 休憩をしに来た知り合いに罪はない」

「テイドウ、ジョショは?」

「……」

 とうとうテイドウはカリーに何も言葉を返さなくなり、インゴトと目を合わせては何かを考えていた。

「言うより殺すが早いか」

 カリーの下へとびかかる。しかしその甲冑からは金色の毛が見えており、恨めしく握られた手の爪は肉食獣のそれと化していた。

「テイドウ。テイドウ、テイドウ……」

 死の寸前にカリーはテイドウに呼びかけるも、依然として獣の息が静まる事はなかった。

 目をつぶり諦めたカリーに爪はただ擦れるのみとなった。瞬時にニンバスがカリーを引き寄せたのだ。

「はは、やっちまった」

「おい……余所者ガキの命をかばって何になるんだ」

 ニンバスはただ応えず、作り笑いで二匹の兵士と対峙していた。

「テイドウ、おれ二人を殺してしまいそうだぞ」

 二匹がじりじりと押しては、二人も後ろに引いていた。長い沈黙の動作の後、ついにニンバスが動き出す。

「お前らなんてこっちが願い下げだ!!!」

 瞬間、カリーの現在地は空へと移った。いつの間にか開いていた窓から、跳躍を以って二人はホテルを脱したのだ。抱かれながらカリーが見る、その空は夜であった。


 しばらく走り、おそらく国を出たところに二人は来た。こんなにも長く走り、しかし息の切れていないニンバスからカリーは畏怖を抱いた。

「まぁ……分かったでしょ」

 少し何かにおびえた様なニンバスからの質問に対し、カリーはきょとんとしていた。

「分からないよ。何が……なの?」

 ここでニンバスはカリーに怒らなかった。むしろ彼の手をつなぎ、優しい口調で説明をし出した。

「私、君をはめようとしたんだよ」

「私を?」

「うん。何食わぬ顔をして、君をあの二人に食べてもらおうと…………したの。だって、私は彼らの仲間だから」

 カリーの顔色は蒼白であり、手を握られ尚怖れが増していた。

「でもね、でもねっ。信じて。私は君の事が好きになったの」

「う、うん……」

 短い尻尾を振りながらまだニンバスは弁解をしようとしていた。しかしあまりにも二人の周囲を飛ぶ砂は多く、それぞれの口に入り執拗に邪魔を仕掛けて来る。

「ねぇっ、ここ……口がじゃりじゃりするから、嫌だよ」

「あ……ごめん」

 ニンバスはどこかに向けて歩み始め、握手の続くカリーはそれに合わせる。

「どこに行く? ニンバス」

「そうだね、私の村に行きたいな。カイマで起きた事とかカリーをママたちに説明しておきたい」

「分かった……ニンバスの、ママ……」

「父さんより尻尾が大きくて、茶色い毛してるよ」

 今砂漠は冷たく、何か面妖な雰囲気を感じる場所と化していた。だがそれ以上に面妖な存在が右隣にいるので気にならなかった。

 

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