第三話 直進する二人 直進する迷宮
水も浴びず性をかわす。美しくいて汚い行為を経た朝にメランコリアは起き上がった。
「体いてーや……」
ベッドから離れ、残りの上着を着た後メランコリアは部屋を出た。トイレをしに行ったのだろう。
その数分後カリーは目覚めた。横にいなかったメランコリアを見てパニックになりかけたが、置いてあった荷物に諭され、その寝たままでいた。
「トイレか……私も行くか」
しかし、ドアは一度閉まると鍵もかかるタイプである。簡単に出られるわけではないのだが……膀胱もなお簡単な状況とは言えなかった。
申し訳なくもカリーは部屋を出て、トイレ探しの短い旅に出た。後で受付係に鍵を開けてもらおう。
そう言ったホテルであるので、廊下や曲がり角などにつく照明は薄かった……そもそも、この世界にトイレと言ったものがあったのだろうか。
実は、これまでカリーは野外で用を足していた。カタナの家や三魔女の館を彷徨えど、どこにもトイレらしきものはなかったからだ。
ただ、出会ってきた者全てが人間であったので、恐らく排泄器官も同様に付いている。即ちその為の設備も備わっているだろう。
そう思っていたカリーだが、何階に上がり下りをしてもトイレは見つからなった。挙句廊下で漏らす事への危機に怯えている現状である。
「あれ、どうしたんだ、君」
曲がり角を行く直前、いきなり出てきたウサギ耳の女の子に驚き、ついにカリーは放出してしまった。
「えっ? 君はここがトイレだと思ってるの……」
どこか微妙にずれた引き方をしながら、少女は何か紙を以って処理をしていた。手慣れている。
「あっ、いや……ごめん」
「それぞれの部屋にあったと思うんだけど」
「あっ、そうなの」
今更それを知っても遅かった。お漏らしは前世から数えて三度目であり、繰り返してしまった恥ずかしさとそれによる涙で上手く伝えられない。
「まぁ、私のお手伝いをしてくれれば許したげる」
見た目やシチュエーションは性的であったが、この朝は性交渉を経たものであったから、何も興奮する事はなかった。
しかし迷惑をかけてしまったので、お詫びの為に彼女の部屋に入る事にした。
この廊下は今までと違い、自分の恥を思い出す場所になってしまった。一瞬間彼女を憎く思ったが、結局は自分の部屋をしっかり見なかったのが悪かった。よって気をおさめた。
「そういや、漏らしっ子の名前はぁ?」
「……その言い方やめて。カリー」
「私はカリーじゃ……あぁ、君がカリーなのね。私の名前はキュムロニンバスだよお」
それからの二人は言葉を発しなかった。恐らく朝起きたて故に眠かったのである。
やっと着いた部屋の番号は五五七である。これから自分のを引くと三三三になる。
「まぁやってもらう事なんだけど」
ドアを開けた先には物の散らかった部屋があった。
「こん中からバイブを探してくれーー」
「は?」
「何その態度。カリーが漏らした事を、しかも受付係にクレームするぞお?」
「色々言いたい事があるんだ。キュムロニンバス」
「なんだカリー君よ」
「まず部屋を片付けないと……」
「あぁ、じゃそれを手段に含めれば良いんじゃない。別に見られて困るもんなんて今の私にはないからさーー」
とにかく朝の事件がカリーにとっては悔しかった。メランコリア探しも中断されたまま、好きでもない女に弱みを握られてはその女の部屋を片付けなければならなくなった。
自分のこだわりに従い、まずは本から整理する事にした。
「ん……キュムロニンバスってスズカワ行こうと思ってるんだ」
整理した本の中には、あの子どもたちが沢山いたスズカワに関連するものが多かった。
「そうだね、俺あ子ども好きだからさ……にしても随分馴れ馴れしいよな、俺たち?」
深夜テンションならぬ朝方テンションか、二人はやけに慣れた口調で話し合っていた。少しだけ、お漏らしの鎖を外しながら、仲を深めていけているようにカリーは感じていた。
途中、彼女の家族らしきが写っている写真入りのペンダントを拾った。白い毛とは対照的に、キュムロニンバスの父と母は茶や黒の毛をしていた。
「あぁ、大事なやつだからくれな、それ」
応えてカリーがペンダントを持った手を伸ばすと、その手はそのまま彼女に引かれた。カリーの顔はそのまま、恐らくキュムロニンバスの股間部にいってしまった。
「……!?」
「部屋なんてどうでもいいわ。一人は寂しいから相手しておくれや。うん、お前はなんか新鮮なメスの匂いがするけど……上書きしたるわ」
とてつもない勢いでキュムロニンバスはカリーの顔を舐め始めた。獣臭いのにフェロモン満ちた体液がカリーには悩ましかった。いよいよ思考とは何かを忘れる段階に入るであろう。
「もう良い……疲れた、もうやだ……」
気絶したのか否か? カリーの記憶はここからなかった。
いつの間にかカリーは夢を見ていた。と言うのも、先程まで苦しんでいた所に見慣れた道が視界に広がっていれば、流石に自分の肉体が夢を見始めたと言う事態には気がついた。
やけに高い坂。まだよちよち歩きのきっ君、やっぱり頼りげのない背をしたゆず代。夢らしいカラーリングの中三人は歩いていた。
あの灰色の空、カリーもとい佳知子は二度と二人を死なせまいと二人の手を引いた。しかし二人の体、表情は全く動かなかった。何を求めて歩くのかも分からないまま肩を揺らして歩いていた。
その内、眼前には三人を殺したトラックが迫っていた。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」
「うっさ」
目覚めた先にはキュムロニンバスの顔があった。
「うぎゃあっ……」
カリーは彼女の膝枕で寝ていた。そこにビンタを喰らわされたのだからたまらない。
「うるさいって言ってるでしょ、また無意識セッ……するぞお」
またキュムロニンバスが危ない雰囲気になって来たので、カリーは急いで膝から離れた。
途端、メランコリアの存在を思い出し、汗や震えと共に焦りが出始めた。
「ど、どうしよう……」
「どうしたの……?」
異様なカリーの焦りを見た彼女は、興奮をおさめた。
「私の友達にメランコリアって人がいるんだけど、その人が朝からいなくて……っ」
「その人とは一緒にいたの、このホテルで」
「うん……」
「いや、待って……」
キュムロニンバスはテーブルに腰掛け、何かを考え始めた。
「えーと、メランコリアってこの国の……王様だよね?」
「うん。仲良くなって、ブレインに行こうって約束して。ついでにこのホテルでセッ……したんだ」
「あえ? 君はウサギより盛んだね。いやそれより……」
「それ、結構まずくないか?」
「だよね。平和な国だから、そんなテロとかはないと思うけどさ」
「ああ……いや、いや……どうするべきか」
先とは打って変わり、球の尻尾を揺らしながら彼女は慌ただしく部屋で動いていた。
「ちなみに君と王は何をしにブレインに向かったの?」
「生きる目的だっけ。いや、私たちの行き先を決めるためにあそこに行ったんだ」
「なにそれえ。それを探しに行った結果迷ってるんじゃないか……」
次の言葉を考えているカリーを傍らに、キュムロニンバスは既に身支度を終えていた。
「私はニンバスで呼んで良いから……行くよ」
「何処に?」
「……王を探しに! いなくなったんでしょ!?」
ややヒステリック気味のニンバスにカリーは驚いた。
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