第二話 若き王、立つ

 衣服の女性化に加え、通行証などを持ち三人は宮殿へ向かった。今日も相変わらず暑く乾いた道である。

 道中わずかなコインをやり繰りし、兄妹とカリーは食料や体温調節の食物を買って行ったりした。

 その中の流行食「ベナ肉」はあまりに美味しく、危うく三人もいて歩行の目的を忘れ去ってしまう所だった。ベナ肉は、鹿の様な生き物の肉をすり潰したものであるらしい。

「まだ着かないのお母さん」

「黙らっしゃいジョショ。あんたはよくこの道を知ってるんじゃなかったの?」

 暑さもあり、やっぱりカリーは不機嫌になった。

 そんな不快気な用事ながらも、数十分無意識で歩けば、まるで精神のワープの様に素早く終了した。

 見慣れている二人は眉をひそめ、何も知らぬカリーはその意外な荘厳さに息を呑んだ。入り口に立つ兵士へ声をかける。

「「敬、君の声を床に聞き」」

「えっ?」

「「警、君の声は床に就き」」

 カリーに全く意味の知れないやり取りであった。もし意味や定型が分かったなら、何か上手く言い返してやりたかったのである。

「お願い致します。こちらの小さな友人が王に会いたく……」

「駄目だ。王を守る者なら分かるだろう? テイドウ、よそ者は一指たりとも、だ」

「……」

 テイドウは中々兵士を説得させられずにいた。そこに痺れを切らしたカリーが出て来てしまった。

「敬……? 君の声を空に聞き」

「空にっ……!? 少年おまえは王を侮辱しているのかぁっ!!」

「うわっ……か、カリー、まずいよ……!!」

 適当につけた文章が兵士たちを怒らせてしまった様だ。よく分からない持ち物を捨てこちらへ向かって来る。

「ま、まあまあインゴト、はまだこの国に来たばかりなんだ……俺が厳しく教育するから……」

「何だとっ!!!!」

 兵士たち以上の勢いでカリーが怒った。捨てられた持ち物を拾い、テイドウに突きつける。

 そこからテイドウもカリーに掴みかかったり、兵士たちとジョショが二人を止めたりと大騒ぎになった。

 驚くべき事に、そこへ、宮殿中からメランコリアが現れた。身内の喧嘩が功を奏したのか。

「騒がしいぞ。だだっ広い宮殿の中に、お前らの声しか広がらない」

「メランコリア王!!」

 ジョショとカリー以外がその場にひざまずいた。二人も合わせて跪いた。

「王。ただいま、我々で斯く少年について話し合っておりました故……」

「そんな騒がしい話し合いがあるのか」

 カリーは王の顔が気になってしまい、つい頭を上げてしまった。そこにいたのは派手な冠を被った少年であった。道理で声も若かったわけだ。

「子どもっ!?」

 メランコリアの眉が吊り上がった。

「お前こそ子どもだろうがっ。俺は王であるし、この国をよく知らぬお前に、雑な物言いを食らう筋合いはないぞ」

 口にこそ出さなかったが、少年のやたらと筋の合う口調に、カリーは理不尽に苛立っていた。

「はい……」

「第一、お前は何をしにここへ来た? 俺と違ってお前は数多の体験を以って、りたいものでも欲しいも決めていっている筈だが」

「私は……」

 素直に事情を話すのは、明確な理由もないがいけない気がした。だが、逆としてそれを話さないでいると事態も進まない気がする。よって正直に話す事とした。

 何故かこの世界へ生まれ落ちた事から話し始めてしまったが、メランコリアは相槌を打ちながら聞いていた。途中、憂えるもう一人の兵士オアがメランコリアに日傘を差した。

 話が終わった後のメランコリアは、空を向きしばらく考えていた。と言うよりは咀嚼していたのだろう。

「……分かった、お前は嘘をついていない。宮殿へ案内しよう」

 薄衣マントを翻し、メランコリアは中へ入って行った。

 カリーに続きジョショたちも中へ入ろうとしたが、兵士たちは王の意を汲み二人を止めた。


 中は荘厳かつ静寂の内装であり、砂岩の町らしいのどかを醸し出していた。窓、もといそれに当たる壁穴の大きさは広くないために、少し薄暗かった。

「どうして……私を入れてくださっ」

「俺の部屋へ着いたら教える」

 未だ振り返らぬまま、カリーたちは右や左と行った。

 ついに王の部屋に着く。宮殿の一室にして、まるで賃貸の家の様な狭さとである。

「まぁ、俺がお前を入れた理由だが……同じ仲間だからだ」

「仲間……やっぱり」

「俺も人間だ」

 驚愕、メランコリアも又人間であった。

「いつからここにいたの?」

「生まれた時からだ」

 恐らく昔を振り返っている彼の顔は、なお凛々しくカリーの眼に映った。

「別段この世界から脱するだとか、英雄になるだとか、そんな事なぞ考えていないのは……」

 メランコリアがカリーに指を差したまま停止する。

「えーと、カリー」

「ありがとう。カリーも同じだろう?」

「そうだね」

 カリーのおかげで会話は継続された。

「ちなみに、俺は生まれつきで身についた王と言う地位を全うしていくつもりだ。すべき事したい事はそれのみに限られる」

 メランコリアは、統治の目標を語りながら服を着替えていた。ドキドキしているカリーが見たものは、王の装いに潰されていた豊満な胸であった。

(でっか!! 女の子だったのかよ)

 少々むらっ気の含める部屋、カリーは王の着替える最中考え事をしていた。あの場で伝え忘れた「カタナとの再会」についてだ。

 カーテンに当たる光も次第に床へ移りながら、カリーはメランコリアの着替えを待った。

「お前、カリーは何かしたい事はあるのか? 元々お母さんだったのだから、好き勝手に生きたいのか?」

「それもあるけど……出来たてホヤホヤのがいるから。その人と再会したいなぁ、って」

「ほお」

 子どもらしく、メランコリアのほおが吊り上がった。果たして恋愛をかけらでも知っているのだろうか。

「パートナー、って言っても旅のお供程度だけどね。」

「ふーん」

 途端、中途半端な気分でメランコリアは返し始めた。なぜかこちらが、彼女の興味の有無を感じ取る事が出来ない。

「さてまぁカリー。とても都合の良い俺なのであるが」

 言葉に従い、私服に着替えたメランコリアは機嫌が良さそうに見える。

「明日ブレイン大書庫へ行くぞ」

「ブレ、イン……?」

「お前や俺の行き先を決める為に行くんだ」

「何、遠征でもするの」

「馬鹿野郎。この国カイマは一度たりとも戦争を起こした事がないんだぞ。その癖遠征やら物資やら関連用語は皆知っているがな」

 メランコリアが思いがけず怒ったのに対し、カリーはその勢いの可愛さに思わず吹き出してしまった。

「もしかして、生き方……?」

「人生だ。その終わり方やら進み方を決めに行くんだ」

「えっ、王って人間の成分がタンパク質だけで出来てるとお思いで?」

「はっ?」

 カリーの工夫した言葉も伝わらず、二人は宮殿の入り口まで戻った。そこには、あの二人はいなくなっていた。

「……あれ、そう言えば今はどこに向かってるの?」

「たまには二人で眠りたいから、その専用施設へ行く。カリー、五〇年も生きて来れば、多少のは我慢出来るだろう」

 よりによってそんな宿泊施設しかないのか。


 着いた先でメランコリアは特有の札をかざし、受付係に無料宿泊の申請をした。緊張しながらも受付係はそれを受け付け、速やかに誘導し始めた。

「最後にえぇ、こちらがメランコリア様の鍵です。これを無くすと大事な物が行方不明になりますので、無くさないで下さい。命同様代えはございませんので、悪しからず」

 一通りの説明を終えた係は、そそくさと持ち場へ返った。対メランコリアでは息が浅くなるのだろう。

 メランコリアはベッドに腰掛け、何か艶やかに佇んでいる。

「思ったより暗く、古びた場所での寝泊まりだが……雰囲気はあるよな」

「うん」

「来いって事だよ」

 甘えてカリーはメランコリアに飛び込み、飛び込まれた彼女は愛おしそうにカリーの頭を撫でている。

 出会いがまだ短い二人は、その距離を縮める為か全てを脱ぎ、手順も分からぬまま愛を深めた。一度沈んだ陽がまた浮かび上がるまでそれは行われていた。

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