第一話 翼少年とミドリゴ漠原
雨が上がった後の道は、独特な香りを抱く。そこらをカリーたちは歩いていた。
カリーで言えば四つ、カタナで言えば三つの国を旅して来た。どれも二人のヒントとなり、また憩いの場となった。その割にローズ・ロープは穏やかではなかったが。
また同じ様に歩き、また目的地も定めず二人は行くつもりだった。
今前に見える先は砂漠であったが、二人は厚い服をもらったまま国を出ていたので、珍しく丈夫な格好をしていた。
痛み痒みの心配もなく砂漠へ入る。自然に、二人は迷わぬ為と手を繋いだ。温かい。
何千分とでも歩くのは構わないが、ずっと人間は動けるわけではない。動と「静」と言うものがある。
不自然な位ちょうど良い位置に石があったので、二人は砂が荒れ吹く中、やっとの思いで石に座った。
石と言っても、それは一人分のスペースのみ空いていた。カタナは、その石にカリーを座らせた。
彼女は砂に座って休もうとした。しかし、取った行動は座るではなく沈むであった。
赤砂に刹那に沈み行ったカタナを見て、カリーは非常に驚いた。自分が沈む可能性も顧みず、砂を手でかき分けた。不幸か幸いか、カリーが沈む事はなかった。
警察組織に電話する素振りをとるも、この世界でそんなものは目立たない事を思い出す。カリーはひたすら一人で砂を分け続けたが、なお、カタナの手や足すら見える事はなかった。
大分入っていった砂漠にはカリー一人。これまでで最大の絶望を抱き、砂に大粒の涙を流し始めた。
孤独感よりは、自分の不甲斐なさに絶望していた。空気は読めず母となれず、まだ心身共に幼いカタナに、ずっと迷惑をかけて来た事を。いつか恩返しをする彼女も今は側にいない事に、あまりにも気づくのが遅すぎた。
これまでの経験に基づくと、カリーは歩く事しか出来なかった。
行動を始めてなお涙は止まらず、視界が砂漠と相俟って更にぼやけている。それでもカリーは真っ直ぐ、何も見えない前方へ進んだ。
いつからか、動物の骨らしきが転がっているのを見る様になった。それは一定距離歩く毎に、パーツや数が増えていった。
頭のどこかで蓄えていたイメージ通り、近くには人間の住む場があった。砂に囲われた砂岩の町だ。
不自然に、上空の雲だけが円状雲として空き、そこからまっさらな光が町に注がれていた。
不思議な町にカリーは向かった。
入り口直前から町を見ると未だ誰も見えない家の群れが広がっていた。予想、砂を固めて造られた家らしい。
中へ入ろうとすると、後遠方から馬の足音が聞こえて来た。振り返ればそこには、
「ひ、ひっ……チャルムリード、もっと速く!!」
娘は懸命に馬を叩くが、黒馬はどうにも動こうとしない。こんな状況下で、自分の処遇に嫌気でもさしたのだろうか。
明らかな悪役の容姿をした男は、見た目にそぐわない、無言で娘を追い詰める行動を取り始めた。
流石にカリーも黙って見ているだけではなかった。武術や武器が身にはついていなくとも、心で男に打ち勝つつもりであった。
「どけ、よそ者が。その娘をなぜ守る」
当然、邪魔者が入ったので、黒髭の男は怪訝な顔をした。
「君こそ、この娘を責める義理はあるのかい?」
「この孩児の国、
嘶く馬傍らに、男は淡々と任務内容を告げた。
「母……?」
「兎に角よそ者は入るな。この国に汚れた血は要らない」
またカリーは掴みかかりそうになったが、状況が状況であるので
「汚れた血の私……元お母さんなんだけど?」
「はぁ?」
突拍子なカリーに、素っ頓狂の男。右肩はだける娘はどうすれば良いか分からず、ただその場にいるだけであった。
「お前は少年にしか見えない。ましてや男だと言うのに母だと? 大人を舐めるなよ」
「舐めてないのに。じゃあ、君を当ててみせようか」
「要らない」
「生まれは大変だったみたいだけど、そこからの育ちは随分豊かだったみたいね」
「……何故だ?」
「顔や言葉はソレなんだけど、体がほっそりしてるなって。ガリガリってわけではなくて、でも鍛錬してる体ではない」
「……お母さん」
「えっ?」
「お母さん、僕達の街へ来てください」
カリーは、母と呼ばれる事に慣れていたはずだが、呼ばれた人間が人間であるから上手く返せないでいた。
「急にどうしたの……」
「僕達の街にはお母さんが必要なんです」
「えっと……意味が理解、出来ないよ」
カリーが混乱していると、腰の服を少女が引いてきた。
「あの、この街は……強い人とか頭の良い人はいるけど……お母さんみたいな人は誰もいなくて」
「例えば料理とか、裁縫が出来ないって事?」
「そうです……」
恥ずかしそうに佇む少女の服は、特にスカートが顕著に破れていた。
「メランコリア王が国中の母を集めていまして……純粋な、飽食や絢爛の夢をお抱きの上ではありますが……」
「そう言う所、君達はまだまだ子どもね」
「「??」」
「私が母としてメランコリアを説得しに行く」
二人は驚いたのか、口をあっと開け、突っ立っていた。
「王に易しく触れられるとお思いで?」
「迎えるも母、もてなすも母、弾き出すも母の厳重な警備中ですよ……?」
先程までのやり取りが嘘の様に、二人は結託してカリーを否定した。
本物の我が子の様な否定加減にカリーはまた不機嫌になった。
「じゃあどうすれば良いのよ」
「それは……」
回答の出来ない男をよそに、カリーは少女の元へ歩み寄った。
「そう言えば……お名前は?」
「あっ……私はジョショです」
「俺はテイドウだ」
「君には聞いてないよ」
カリーはすぐ様王の元へ向かおうとしたが、遠くの宮殿を見ては、自分がこの国の事を全く知らないと言う事実を実感した。そこから悔しそうに男へ顔を向けた。
「……色々、お母さんに教えて。この町を」
「分かった。ジョショ、ひとまずお前の家へ連れてもらっても構わないか」
「……私に乱暴したお兄ちゃんなんか連れて行かない。城の寂しい場所で今日も寝てたら?」
「城じゃねぇ。今は仲良くなったが、よそ者に親しげな様子を見せるわけには……」
先程とは打って変わり、言葉通り親しげな二人の会話を見て、カリーはまた驚いた。
「そう言えば、お母さん。一つ言わなければならないことがあって……」
「……何? テイドウ」
名前で呼ばれたテイドウは、やや嬉しそうに返事をした。
「俺と妹から見る通り、よそ者が入らなければこの国はみんな親しげなんだ。でも、流石に宮殿は礼儀を重んじるから……」
「うん」
「女装して、もらっても良い?」
今カリーたちはジョショの家にいる。
あの時、カリーは少し不自然なワードに眉をひそめたが、その中でも確かに見た目と「母」と言うそれの乖離性を理解していた。
だからここへ来た。服の少ないジョショには申し訳ないが、いくつか服を借りさせてもらう事になっている。
テイドウは、当然ではあるが二人と性別が違うので、互いの意識により別所で寛いでいる。
「どう、カリー? 苦しくない?」
「ちょっと苦しいかな。後、上の服の色が下に合ってないから……」
「分かった。こっちのヨリケ色は?」
「もうちょっと薄いミドリ色が良いかなぁ」
テイドウがうすら眠る頃に、二人の着替えは終了した。ジョショもついでとして服を替えていた。
二人が着替えの部屋を出て、眠るテイドウへ向かい、彼を起こした。
目覚めて二人を見た彼は、カリーの綺麗さに驚いた。
「母さん!? ええ……」
ジョショが可愛いのはいつも通りであったし、そもそも兄妹の中であるから別段なんとも思わなかった。
しかし、カリーの変貌はもっと予想していなかった。元から中性的な顔をしていたが、髪をいじらずとも服装の工夫でこうなるとは。
「惚れちゃった……?」
「兄ちゃん、実は女の子パターンだったって奴が好きなの」
カリーが再びテイドウの方へ振り返ると、真っ直ぐに鼻血を滴らせていた。三滴分の血が床に広がっていた。
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