第30話 過去の話


荷車の方からリリとミーシャの笑い声が聞こえてくる。

ハルトもそのにぎやかな空間を楽しみ、自然を満喫まんきつしていた。


「――なぁ、主様はどこで生まれたでありんすか?」


リリが仕切りの白い布をめくり、ハルトに聞いた。

後ろでミーシャも顔をのぞかせてうなずいている。


「そういえば、二人には俺の事なにも話してなかったね」


ハルトは”日本”という国から突然召喚されたこと、その実力を見限られ戦闘から外されたこと、突然大量の報酬ほうしゅうが付与されたことを隠さずに話した。

つい会話がはずんで高校時代の話までもしてしまった。


壮絶な冒険譚ぼうけんたんを聞かせ場を盛り上げたいところではあったが、生憎あいにくと陰キャの日常生活しかネタが無い。

しかしリリとミーシャはハルトの話を聞き、ずびずびと泣いていた。


「う、うう…ハルト様はなんて可哀そうな思いをされて…」


「ぬ、主様ぁぁ!わっちが抱きめてあげるでありんすぅぅ」


鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたリリをおさえるのはとても大変だった。

抱きついてこようとするリリがあまりにしつこかったので、ハルトは「防護殻」を檻状にして落ち着くまで拘束した。


――夜ご飯を食べた後、これからハルトはリリとミーシャに簡単な算術を教えることにした。


聞いたところ二人とも勉強をしたことがないというので、足し算引き算くらいは使えた方が今後の役に立つだろう。


この時代の学校は、裕福な貴族しか通えないそうだ。

高校での数学の成績は中の上あたりにいたが、算数を教えるくらいであれば全然問題は無いだろう。


まずは分かりやすく木製の板に数字を書いて渡した。


「えーと、板が二枚で…3でありんすか?」


…リリは勉学に関してはちょっとだけおバカであるのだが、ミーシャは覚えが早かった。あっという間に三桁の足し算までこなすようになってしまった。

リリの先生はミーシャになりつつある。


「いいえリリ、今答えを言ったではありませんか」


「…っ!ならば2でありんす!」


ひらめいた回答を嬉々ききとして答えるリリ。

自信がき出すリリを見て、嬉しそうに微笑ほほえむミーシャだった。


――朝になり、再び馬車に乗ったハルト達はメリアルガ公国目前まで来ていた。


「――ハルト様、商会に行った後はどこに向かわれるのですか?」


詳しく聞くことは出来なかったが、神はルディン王国の国王に会えば手掛かりを得られると言っていた。

それに、まだあのギャルゲーもクリアしてなかったんだッ…!


「商会とギルドに行ったら、ルディン王国を目指そうかな」


ミーシャの故郷の寄り道ついでに寄れれば良いのだが、もし全く別ルートであればこの件は後回しにしよう。


「……ハルト様は、”ニホン”に帰られるのですか?」


「大丈夫だよ、ミーシャを送り届ける俺はいるよ」


だがハルトの言葉を聞いてミーシャはどこか悲しいような、複雑な顔をした。

その猫耳も心と同調して垂れ下がってしまっていた。


――太陽も頂点にまで昇った頃、ハルト達はメリアルガ公国にようやく到着した。


本来であればここで兵士に止められるのだが、ヴァシル商会に通行証明書を発行してもらったため、何の問題も無く通過することが出来た。

冒険者カードは身分証の役割も果たしているため、それがあれば一発で入れるそうだ。


賑わう街道で馬車を転がし、商会の前に停めた。

ハルトがその門を開け中に入った途端、受付嬢たちがざわつき始める。

そして髭を生やした男がとても焦った様子で階段を駆け下りてくる。


「ぶ、無事だったか…!」


「――素材、持ってきましたよ」

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