第18話 三途の川で半身浴
中に入るとそこは、完全に”和室”であった。
西洋風なこの世界での和室というのはかなり異色だ。どこからこんな文化が生まれたのだろうか。
「――お茶出して来ますから、お2人ともくつろいで下さい」
そういって麗子が台所に下がる。
「なんだか、見た事の無い家の造りをしてますね?」
床、壁、天井などをくまなく見回しながらミーシャは不思議そうに口を開いた。
「――ああ、この”畳”で横になるのが堪らなくてな。間違いなく日本人最高の発明だ」
「……にほんじん?」
「あ、ううん、なんでもない」
しまった。うっかりミーシャの知らない単語を口にしてしまった。
「これはタタミ、と言うのですか。中々居心地がいいですね」
ミーシャは畳を手でトントン、と叩く。
「おお!ミーシャにも畳の良さが分かるか!」
――などとミーシャと盛り上がっていると、麗子がお盆を持って戻ってきた。
「粗末なものですが」
トン、と音を立てちゃぶ台に茶を2つ置いた。
そしてその場に正座をする。
「改めてお礼申し上げます。家の美姫と雅史を救って頂き、ありがとうございます」
頭を下げる麗子。少々大袈裟な気もするが、自分の娘と旦那の命を助けて貰ったその恩は大きいのだろう。
「いえいえ、確かにグリフォンは倒しましたが、雅史さんの蘇生までは…」
「そ、蘇生ですってぇ?!」
――お母さん、その反応2回目ですよ。
美姫の母親は随分とリアクションの良い人のようだ。
「そ、その…では蘇生の方はどちらが…?」
『――わっちじゃ、わっち』
その声を聞いた瞬間、ミーシャは身体中に電気を流したかのようにビビビっと鳥肌を立てる。
脊髄反射でハルトの目を隠した。
「――!誰ですか?!」
居間に突然現れた巨乳に、麗子は愕然とする。
「わっちは、リリと言いんす。先の男も間も無く目を覚ますでありんしょう」
「…まず、服を着なさぁぁぁい!!!」
ハルトの目を手で覆いつつ、叫びを上げるミーシャ。
――間もなくして、麗子がリリに合いそうな浴衣を見繕ってくれた。
「――ほら、バッチリですわ!」
水色をベースに、金や白のユリが刺繍されている美しい浴衣だ。胸の大きさのあまり、少しはだけかけているがあまり問題は無いだろう。
「おお!わっちにピッタリじゃ!…少々胸が苦しいでありんすが」
「それ、あげますよ。ほんのお礼です」
元の世界での浴衣は技術の発展もあり、比較的安価に手に入るが、この世界ではとても高価な物である筈だ。
…断るにもミーシャの服は入らないので、頂くしかないようだ。
「ありがとうございます、こんな高価な物…」
浴衣を着たリリは、ミーシャの横にあぐらをかいて座った。
――程なくして、美姫の父親である雅史が目を覚まし、居間に入ってきた。
「いやぁ〜完全に死んだと思ったんだけどなぁ?なんなら俺、三途の川で半身浴してたもん」
「……まずは救って頂いた御礼でしょうがぁぁ!?」
麗子さんはキレるとかなり怖い。
正に”雷が落ちた”ようだ。絶対琴線に触れないように、慎重な接触を心掛けよう…
ミーシャの方へ目線をやると、恐らくあの顔はハルトと同じことを考えている。
「んぁ、ああ。助けて貰って、ありがとうございます」
中々に間の抜けたような、というよりユーモアのある父親だ。
「うむ。一生かけて返せ」
「一生?!」
一生かけて返せという、もはや脅迫じみている文言に度肝を抜かれる雅史であった。
「…冗談でありんす」
それを聞いた雅史は安堵したのか、がっくりと肩を落とす。
「――今更なんですが、御三方のお名前は…?」
ハルト達は完全に名乗るのを忘れていた。本当に今更だ。
「タナカ ハルトです」
「わ、私はミーシャと言います…」
「リリでありんす」
1人ずつ順番に名を名乗った。
「タナカハルト、ですか。私達のような名前をしてますね?」
「あ、はい、遠い東から来たもので…」
ハルトはその指摘にギクッとしたが、偽名を名乗るのも失礼に当たるだろうと、本名を名乗った。
「良ければ、泊まって行って下さい。心ゆくまで、何日でも」
ここは麗子さんの言葉に甘えたい所だが、生憎とメリアルガ公国に手紙を届けねばならないのでここは丁重にお断りしよう。
「――お言葉ですが、予定があるので…」
「…泊まって行って下さい?」
…糸目で笑う麗子さんはとても怖い。
ここで断ったら、どうにかされてしまいそうだ。
「わわ、わかりました。ではお言葉に甘えて…」
ハルト達は麗子さんの心遣い(脅迫)で、数日間和風の町で過ごす事とした。
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