第5話 1人目の退学者
「待ってください、彼女は犯人じゃないです」
私の言葉に先生が足を止める。私が立ち上がってきたことで最初に反応してきたのは日暮くんだった。
「どうしたんだ? 財布が出てきたのが、アイツのバッグだった。なら犯人はアイツ意外いないだろ?」
「確かに桜井くんの財布は彼女のバッグから出てきました」
「これ以上ない証拠だろ」
「いいえ、違います。彼女が本当に財布を盗んでいて自分のバッグに隠していたのなら、私のバッグから出ていないとおかしいんです」
「どういうことだ、筒路」
私と日暮の口論に先生が割って入ってきた。クラスメイトたちも突然の私の言動に困惑している様子。
「入学式前、私と彼女を机の横のフックに掛けていました。だけど……」
「僕が2人のバッグを落してしまったんです!」
途中で口を挟んできたのはここまで黙っていた九重くんだった。オドオドしながらではあるが、彼も私が言いたいことを理解してしゃべってくれたのだろう。
「それで、先程先生に携帯を取り出すよう言われたときに、バッグが入れ替わっていることに気づいたんです」
「それは本当か?」
私の話が事実であるか、心奏ちゃんに先生が確認すると彼女は縦に頷いた。
「日暮と桜井の話では入学式のために講堂へ行く前までは財布があったと言っていたな。ということは、その時点から盗みが発覚する直前までバッグが入れ替わっていたのなら、金城は犯人じゃないということになるな」
「はい、そういうことになります」
ふぅ……、なんとか先生に信じてもらうことができた。クラスメイトたちも私たちの話を信じたようで、心奏ちゃんに向けられていた疑いの目は無くなった。
だけどそうなると、なぜ桜井くんの財布が心奏ちゃんのバッグに入っていたかと再び騒ぎ始める。
「これは本来私を狙った冤罪事件です。それが九重くんのおかげで失敗した」
「僕のおかげって……、ただ転んだだけなのに」
「いえ、本当に助かりました。もしそのまま私のバッグの中に入っていたとしたら、無実を証明するのは難しかったでしょうから。ただ、心奏ちゃんには私の代わりに辛い思いをさせてしまいましたが……」
「わたしは大丈夫です……、それよりも無実を証明してくださり、ありがとうございます」
お礼と共に心奏ちゃんから手をぎゅっと握られる。いろいろあったけど、仲良くなれるきっかけになれてよかったかな。
そんな冗談は置いといて、私の心奏ちゃんを傷つけた真犯人には代償を払ってもらわないと。
「それでは、真犯人さん。早く名乗り出て来てもらってもいいですか?」
当然、そんな呼びかけで名乗り出てくるはずもない。ならば直接処刑台へと招くことにしよう。私は1人の生徒のところまで歩いた。入学式の時と同様に教室にはコツコツと私の足音が響くが気持ちはまるで別だ。
「なんだよ」
声が震えている。目の前に立たれたことで動揺してしまったのか。それなら班にはもう確定だ。
「キミだよね? 桜井くんの財布を盗んで私に罪をなすりつけようとしたのは」
「ち、ちがう。急に何言ってんだ!」
私に犯人と名指しされた日暮勇気は怒りを露わにして立ち上がった。周りの生徒たちからは驚きの声が上がる。特に彼のことを信じ切っていたであろう桜井くんからは声も出ないほど呆然としてしまっていた。だが、ただ1人冷静であった湯本さんは、私に質問を投げかけてきた。
「ミツバさん、証拠はあるの?」
「証拠もないのに決めつけるな」
これは好機と考えたのか、犯人扱いするなと日暮が間髪入れずに追及してくる。すると、他のクラスメイトたちの様子も少し変わり始めた。「確かに証拠は必要だ」そんな声が次々と聞こえてくる。
この人たちは周りに合わせないと気が済まないのかな。自分たちで考えることをせず、周りの人が言った発言だけで物事を考える。コロコロと他人の言動で自分の考えを貫けないこの人たちはダメだな。私は心底そう思った。
敵じゃない。私を貶めたいことには変わりないだろうが、こんな人たち相手では私の相手にもならない。それは、この騒動を引き起こし目の前にいる日暮にも同じことが言える。
「イレギュラーな事態が発生した時にキミはミスを犯したよ。それがキミの敗因」
「ミスだと? 適当なことを抜かすな」
「財布が心奏ちゃんのバッグから見つかった時、キミはこういったんだよ。『なんでそっち』って」
私のバッグに隠したつもりが、心奏ちゃんのバッグから出たことによって出てしまった言葉。それは犯人にしか知りえない情報の裏付けにもなる。
「そんなのテメーの憶測だけで、肝心な証拠は何もないじゃないか」
怒りに任せた物言いのせいで、言葉が乱れ始める。初めは優しめな雰囲気を出そうとしていたのかもしれない。だけどここまで言葉が乱雑になってしまえば、もう彼のことを優しいとは思わないだろう。誰もが敬遠する。このクラスで孤立していくのは容易に想像できる。
だが、それだけでは私は許さない。誰に手を出したのか分からせてやりませんと。
「ん」と言って私は天井を指差した。
「はぁ?」
「はぁ? って、監視カメラですよ、監視カメラ」
私は天井に張り付いた機械に指を差した。
「何言ってんだ。教室なんかにカメラなんて設置するわけないだろ? 火災報知器かなんかのはずだ」
「火災報知器ならあちらにあります」
「え……、本当にカメラなのか?」
「政治家を排出するための学園ですよ? 政府公認。つまり、カメラの設置ぐらいしてもおかしくはないはずですよ」
もちろんブラフ。あの装置がなんなのかは未だに分からないけど、頭に血が上ってしまっている彼にはもう監視カメラにしか思えないだろう。だから冷静ではない人は私の相手にもならないのだ。
「フフ、ハハハハハ」
不敵な笑いを浮かべる日暮に若干不気味さを覚える。
「まさか、俺の計画が簡単にバレてしまうとはな。アリオトでスーパーエリートな子俺がだ」
「アリオト?」
聞き覚えのない単語をしゃべり出す日暮だけど、この程度でスーパーエリートを名乗るとは、どこまで私をバカにすれば気が済むのでしょうか?
でも、これで罪を認めてくれたことですし、あとは先生に任せるとしましょう。
「どうせ、俺は退学になる。ならば、テメーを再起不能になるぐらいボコして散ってやる! 道連れだ」
「くっ」
油断した。まさか実力行使に出てくるとは思わなかった。私は咄嗟にガードをする。一撃ぐらいなら辛うじて耐えれるはず……あれ?
私は目を見開く。日暮の手は私に届いていない、それどころか、動いていなかった。日暮の目はひどく怯えていた。私は振り向く、一体何を見て怯えたのか気になったからだ。だけど、その正体は何も分からなかった。
「日暮勇気、窃盗と暴行未遂だ。職員室まで来てもらうぞ」
「はい……」
一部始終を見ていた先生は決着がついたというタイミングで審判を下した。そして、日暮を職員室に連れて行くために、教室から出て行った。
「うおお、すげえ」
「さすが、総理の娘だ!!!」
先程までの緊迫していた空気とは打って変わって、教室に感嘆の声が上がる。この騒動でどうやら私の力を見せつけることができたみたい。
「あの、ありがとうございました」
深々と頭を下げお礼を言ってきた心奏ちゃん。むしろ心奏ちゃんは私のせいで巻き込まれた立場だから、こちらが謝りたいけど。
「無実が証明できて良かったよ」
心奏ちゃんと仲良くできるきっかけになれそうだし、まいっか。
「九重くんもありがとうね」
「僕は何も……」
そうは言うが、何かと彼には助けられたところが大きい。天井の装置に気づいたのも彼だし、バッグを落してくれた(まぁこれは偶然だけど)ことで疑惑を他の所に向けることができた。
『『ピロン』』
その時、私と九重くんの携帯から音が鳴った。
なんだろう。興味から携帯を開いてみると、届いていたのは1通のメールであった。メールを開いてみると、
『日暮勇気の退学処理が完了しました。そのため報酬として
と書かれていた。
次の更新予定
2024年12月14日 12:00
卒業すれば20歳で政治家になれる学園。容赦ない試練と刺客に挑みます。 宮鳥雨 @miyatoriame
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