第2章45話 新しい目的
「それで、あんたは一体いつまで隠れてるんだい?」
ニアが店を出ていき、ヒルティスの言葉が急に辛辣なものに変わったかと思うと、物置部屋から苦い顔をしたテルが出てきた。
「まったく、盗み聞きが趣味だなんて、ニアが知ったら失望するよ」
「断じて違う、違います!」
食いかかるように否定するテルに、ヒルティスは面倒くさそうに手を振る。
テルはニアがやってくる少し前に薬屋に訪れていた。しかし、そこでテルはリベリオの遺産をヒルティスに貰って欲しいという提案をし、ヒルティスにこっぴどく叱られていたのだ。そこにニアがやってきて、ばつが悪いうえに半べそをかいていたテルは、物置に逃げ込んだのだった。
「それで、まだ帰らないってことは、何か用があるんだろう……いや、いい。どうせニアのことか」
「……はい、そうです」
大体のことを見透かされて、これまたばつの悪いテルは、しょぼくれたように頷いた。
テルの話は、さきほどのニアの話と通ずる部分があった。端的に言ってしまえばニアを取り巻く『呪い』の話だ。
「『獣の呪い』ねえ……」
ヒルティスは咀嚼するように復唱して、テルの熱意から逃れるように視線をずらす。そんなヒルティスを、テルは真剣な顔で見つめていた。
『ニアに安心をあげる』という約束をしたテルは無事に戦いから生還したが、今回の敵を退けたに過ぎず、まだそれはゴールではない。
今後またニアが何かに巻き込まれてしまう可能性が、それもニアの呪いをきっかけにしたトラブルがあるなら、徹底的にその可能性を排除するのが、約束をしたテルの務めだろう。
「俺はニアを『獣の呪い』から解放したい。でも『呪い』ってものを俺はなにも知らない。だから、教えて欲しいんです。呪いっていうものが一体なんなのか」
いまだこの世界の常識に疎いテルが尋ねる。難しそうな顔をした幼い見た目の老婆は、煙管を口に咥えた。
「なにか知ってるなら、教えてください」
言い渋るヒルティスにテルは詰め寄る。折れる様子のないテルに、ヒルティスはイヤなことを思い出すように眉を顰めた。
「……呪いっていうのは、一般的に
「とある魔人……」
確かめるように繰り返すテルは、頭のなかでニア以外の魔人の顔がいくつか思い出された。そして、『獣』という単語が結びつき、緊張感が高まる。
「魔人と戦いに行くなんて言うんじゃないよ。そもそも、あんたが言っていたノーラントって輩も、ニアの呪いの正体を掴み損ねていたんだろう。だとしたら、もうほとんどあてはないんじゃないかい?」
安直な考えのテルを諫めるようなヒルティスだが、ノーラントは獣の魔人を知っていたようなことも言っていたので、どうしても切り離して考えることができない。
「そもそも魔人に自分から好んで関りに行くなんて、死にに行くようなもんだよ」
「でももし魔人を倒せば、呪いは解かれ―――」
「だーかーらー!」
ヒルティスの迫力のある声が、部屋全体を震わせる。意固地になるヒルティスは、なぜかその二つを結び付けさせたくないようにしている。
テルが諦めたように、首を縦に振ると、ヒルティスは一つ煙を吐き、怒声は鳴りを潜めた。
「じゃ、じゃあともう一つ……いや二つ」
「さっさと話しな」
「ニアが魔人だって気づいていたんですか? それと、ヒルティスさんって魔人ですよね? 」
「……」
自分に魔人という言葉を向けられたヒルティスは目を見張った、すぐに呆れたようにため息をついた。
「たしかに私は魔人だけど……、リベリオに聞いてなかったのかい?」
「…………はあ。あいつ、いい加減がすぎる」
てっきりもう知っていると思っていたと肩を竦めるヒルティス。ということはカインも知っているのだろう。
綺麗な思い出だけを残していくような男ではなかったと、テルは改めて実感し頭を掻いた。
とはいえ、リベリオの配慮もなんとなく想像がつく。
身近に魔人がいた場合、他の魔人に対しても下手な親しみを覚えてしまえば、命を落としうる。
それと同時に納得がいった。きっとカインやリベリオが異能者に対する忌避感が薄いのはこのためだったのろう。
「ニアのことは、さっきニアに聞くまで知らなかったよ。多分リベリオも知らなかっただろうね。だけれど、なんとなくは感じていたんだ。
「そう、だったんですね」
テルが言うと、沈黙の帳が落ちた。
ヒルティスの吐いた煙は、天井に届く前に霧散する。
煙管を持ったヒルティスに視線を向けたまま、テルは何かを期待するように黙り続けた。
魔人とは、一体何なのか。
悠久を生きることが魔人の定義なのか。どうして人を襲うのか。どうして『獣』の魔人と『契約』の魔人はリベリオを殺したのか。その答えがヒルティスの口から発せられるのを期待していたテルだったが、
「さ、店仕舞いだよ。さっさと帰りな」
日が暮れてそれを告げるように鳥の鳴き声が聞こえた頃に、ヒルティスはちらりともこちらを見ずに、そう言った。
「色々と教えてくれてありがとうございました」
真実を知ることを諦め、ヒルティスに嫌われないことを選んだテルは、言われるままに店の出口に向かう。
「別にいいんだよ。残せるものなんてなんにもないからね」
少女のような老婆の皮肉った物言いに、テルは苦笑して取っ手に握ってドアを開く。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「あいよ、おやすみ」
ぶっきらぼうに返事をするヒルティス。空はオレンジ色に染まって、おこぼれのような光が室内に入り込むが、ドアが閉まっていくごとに光は小さくなっていく。
そうして、ドアが閉まり切る直前に、
「ニアを任せたよ」
そう言われたものの、返事をする間もなくドアは閉まってしまった。
テルは誰に聞かせるでもなく、「はい」と言って自分の部屋に帰った。
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