82、思ひわびさても命はあるものを憂きにたへぬは涙なりけり

 ごめんなさいごめんなさい。

 私は頭から布団を被って、ひたすら口の中で謝り続ける。

 なんであなた生きてるの。

 そんな風に思ってごめんなさい。

 私とあなたはもうずいぶん長い付き合いで、半ば共依存みたいな感じで、仲がいい反面、よく喧嘩もした。そんな時、あなたは結構ひどい言葉を使うから、いつも私は言い返した。

「そんな言い方して、もしも明日私が死んじゃったらどうするの。それが最後に掛けた言葉になるんだよ。絶対後悔するよ。人生なんていつどうなるか分からないんだからね」

 そういう私を、あなたはいつも大袈裟だといって笑った。

 けれど、私の方こそ口ばっかりで何も分かっちゃいなかったんだ。

 こんな突然あなたを喪うなんて、実際想像さえできていなかったのだから。

 あなたが亡くなる数日前に、冷蔵庫のプリンを勝手に食べたという、世にもくだらない理由で激昂して、口を聞かないままお別れになってしまった。すごくすごく後悔している。

 いつもそんなことで怒ったりしないのに、どうしてあの時に限って憤慨してしまったんだろう。あなたの言い方も普段よりきつかった。それで私も思わずカッとなってしまった。お互いにいつもの調子とは違った。もしかしたら虫の報せのようなものだったのかもしれない。実はあの時すでにあなたの体調はよくなくてイライラしていたのかもしれない。それなのに私は。

 昼間はなんとか仕事に行っても、帰宅したらめそめそ泣いている。休日も何をするでもなくずっと家に籠もっている。あれからもうずいぶんな時間が経ったというのに。

 葬儀の喪主は私が務めることになったけれど、今になってよくあなたを送り出せたものだと思う。あの時も悲しかったけれど、あなたが亡くなってすぐはまだ現実を受け留めきれていなかったのだと思う。アドレナリンが出てるみたいな妙なハイテンションで、とにかくちゃんとしなくちゃという一心で葬儀を執り仕切り、法事を手配し、諸々の手続をこなしていった。そして、ようやく一段落ついた今になって、あなたのいない現実に直面して狼狽している。もうあなたがどこにもいないという意味が分からない。考えようとした途端、脳が狂ったようになる。

 どうしていないの。

 もう会えないの?

 あなたに会いたい。

 一緒に飼っていた愛猫が死んでしまった時も、私はいつまでも泣いていた。

 小さな骨壷を抱えて、「もしも骨を組み立てたら、生き返ってカタカタ動き出したりしないかなあ」という私に、「それはさすがに怖いって」とあなたが言うから、「マオちゃんなら骨でも可愛いよ」って言い返したら、呆れて笑ってたね。マオの思い出話をする相手ももういない。

 マオの時もそうだったように、もう一周忌も過ぎたのに未だにあなたの骨壷を手離せずにいる。

 その骨壷が、最近夜になるとカタカタ鳴る。

 ああ、あなたが帰ってきたのだと思った。

 会いたい会いたいと私が泣いているから。骨でもいいから会いたいと私が言っていたから。

 あなたは優しいから私に会いにきたのだ。

 カタカタカタ。

 骨壷の内側から音がする。

 一番大きな骨壷を選んだけれど、全部のお骨は入らなかった。

 どうしてあなたの体を焼いてしまったんだろう。

 葬儀を終えてから、そのことを一番後悔した。もしかしたらまだ生きていたかもしれない。そうでなくても、肉体がなければあなたが戻ってこれないではないか。そんな考えに囚われて泣いた。

 けれど今、あなたは帰ってきた。

 カタカタカタ。

 独りぼっちの真っ暗な部屋の中、静かな音が不気味に響く。

 カタカタカタ。

 あれだけ「会いたい」と言っていたくせに、いざ死を目の前にして、お前は恐れ慄いているではないか。

 ああ、ごめんなさい。実のところ私は、何よりも「生」への執着心を持っていたのだ。これからは「死」に囚われぬよう、しっかり前を向いて歩いていこう。

 ――きっと、あなたは優しいからそうなることを期待していたのだ。

 ごめんなさい。

 なのに、私はあなたが信じているほど真っ当ではなくてごめんなさい。

 今泣いているのは、嬉し涙だ。

 どんな理由であれ、あなたは帰ってきた。今度こそ、もう二度と離しはしない。どんな方法を使っても。

 ともに、どこまでもいつまでも。

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