3 駆け落ち

 部屋の中に、光の粒が生まれた。


 ループレヒトが放った魔力は無数の小さな太陽となり、そして花びらに変わっていく。ヴンサン家の末裔であるジャンヌが指をかざすと、屋内で嵐が起きたかのように花びらが舞い始めた。


 しかし眩しさのあまり瞼を閉じるのは、ジャンヌのみ。

 カウチに腰かけるループレヒトにも、部屋の隅に控える従者たちにも、この光は目で捉えることができない。

 ヴンサン家の血を引く者にのみ、魔力は可視化されるのだ。城の中どころか、国中探しても、同じ能力を持つ人間は見つからないはず。

 




「――救済、だと?」


 カウチでくつろいでいたループレヒトが眉を顰めた。ジャンヌの力によって体調が整ったらしく、青白かった頬のあたりが色づいて見える。


「街の弱った従属やドラゴンを助けてまわる、か」


 空いた酒杯がテーブルの隅に置かれた。

 従者たちはすかさずグラスを下げ、テーブルの上に散乱する土産物を並べ直した。珍しい菓子やチーズは、どれもジャンヌやアイリィたちが街で手に入れてきたものだった。――エーミールの糞で得た貨幣と引き換えに。


「まるで宗教者のようだな。我が一族に嫁いだ女の仕事とはとても思えないが」

「身分は必ず隠します」


 難色を示す夫に対し弁解しながらも、ジャンヌはさらに打ち明けねばならぬことがあった。

 晩餐で膨れた腹が苦しいが、姿勢をぴんと正す。


「旦那様。実は――」


 今日、街で起きた出来事を打ち明ける。強い治癒の能力を持つ青年が現れたことを。

 彼とともに救ったドラゴンこそが、カミーユだということを。


「強い治癒能力?」

 美しい顔がみるみる歪んでいく。

「その男、ガブリエルという名前ではなかったか。金髪の」

「な、なぜそれを?」


 青年の名前や特徴を言い当てられて、ジャンヌは茶色の目を見開く。


「やはりな。昔からいけ好かない男だ。噂には聞いていたが、まだ街をうろうろしているのか」


 夫は、目に見えて腹を立てていた。むくれる横顔は仲間と喧嘩した少年のようにも映る。


「いけ好かないだなんて……。とても良い方でしたよ。私が従属として連れて行かれる際にも、手首についた縄の痕を直してくれたのです」

「まさか、おまえの手に触れたのかっ?」


 ループレヒトは声を荒らげカウチから腰を浮かせた。

 怯みつつも、ジャンヌは「旦那様に出会うより前のことですよ?」と言い返す。


「治癒のために触れただけですわ」

「いや、おまえに触れてから手首の痕に気がついたに違いない」


 カウチに座り直すが、怒りを抑え込むかのように腕を組んでいる。


「旦那様とガブリエル様は、お知り合いだったのですか?」

「互いに顔と名前を知っているだけだ。きざな男でな。……やつは王族の人間だ。実にいまいましい」

「あの方が、ですか……!?」


 彼の身なりを思い返す。

 ぼろぼろの服と靴。麦わら帽子。

 かげで農奴と呼ばれるのも頷けてしまうような恰好をしていた。一体、誰が彼を王族だと見抜くだろう。


「ああ、やつは六番目の王子だ」

「まさか、王子様だったなんて……。お忍びで救済をしているのでしょうか」


 そう呟いたジャンヌを、ループレヒトがきっと睨みつける。


「やつに惚れたのか?」

「え?」


「まさか、駆け落ちでもするつもりではないだろうな?」



「………………………………え?」

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