第18話
「亮ちゃん! あなた、どうせ一日過ごすなら、どこか行かないかって私をデートに誘っておいて、こんな時間まで寝てるなんて、どういうつもり!?」
俺は結香の怒った声で目を覚まし、自分のベッドの上で、結香に激しく揺り動かされる。そう、今日は結香と約束した日曜日なのだ。
「分かったよぉ……起きたから動かすのを止めてくれぇ……」
俺がそう頼むと、結香は俺の体から手を離す。そして可愛く膨れっ面を浮かべた。確か7時30分に目覚まし時計を消して、その後はまだ結香にも準備の時間があるだろうと二度寝したまでは覚えている。
「……今、何時なんだ?」
「もう8時30分だよ」
「なんだ、待ち合わせの10時より時間があるじゃないか」
「時間がある? どうせ朝ごはんも食べないで、寝ぐせも直さず慌てて出て来るつもりだったんでしょ? それを時間があるって言うの?」
「良く分かったな、さすが!」
「そんなの褒められても嬉しくない! だから化粧もせずに起こしに来てあげたのよ」
「ほぅ……化粧をしていないのに可愛いな」
俺がからかう様にそう言うと結香はスゥー……と鼻で息を吸い込み「マジマジ見るなッ! そんな暇があるなら、さっさとパジャマから着替えてダイニングに来てよね!」と、プンスカ怒りながら部屋を出て行った。
テレが爆発したな。俺はニヤけながら準備しておいた白いTシャツにダボッとした灰色のカーディガンを着て、黒いジーンズに着替える。
──ダイニングのドアを開け中に入ると、卵を焼いた匂いが漂ってきて食欲をそそられる。結香は俺がドアを開けた音に気付いた様で、キッチンからこちらに視線を向けていた。
「亮ちゃん、今日の服装はそれでいくつもり?」
「そうだよ、おかしいか?」
「うぅん、似合ってるよ」
「ありがとう。結香は黒タートルネックのセーターに、黒白のチェックのロングスカートか」
「どう?」
「シンプルだけど結香に合ってると思うよ」
結香はニヤついているのを隠す様にタートルネックの首元をクイッとあげ、口を隠しながら「ありがとう……」
「もしかして結香。自分の服装を褒めて欲しくて、俺の服を褒めたのか?」
「そ、そんな訳ないじゃない。馬鹿なこと言ってないで、朝御飯の用意してあげたんだから、早く食べちゃって」
「おう、ありがとう」
「──ソーセージも焼く?」
「うん。いるいる」
「分かったぁ」
……様子をみていると、結香は鼻歌でも歌いそうなぐらい御機嫌に運命の赤い糸を左右に動かしながら、ソーセージを焼いてくれる。相変わらず、分かりやすくて可愛いなと思いながら俺はダイニングチェアに座った。
「──はい、どうぞ」
「ありがとう。結香は食べたのか?」
「うん、家で食べてきたよ」
「そうか。じゃあ頂きます!」
「どうぞ召し上がれ」
──俺は結香に見守られながら、朝ごはんを堪能する。
「どう? 美味しい?」
「美味しいよ。卵の半熟具合が俺好みだ」
「ふふ、良かった」
お、恋人らしくなってきたか? そう思いながら結香の表情を見ながら食べ続けていたけど……これって、恋人を通り越して家族になってないか? と、意識したら急に恥ずかしくなって、結香の顔から目を逸らす。
「どうかした?」
「いや、何でもないぞ」
俺は結香に悟られる前に、運命の赤い糸を自分の後ろに隠していた。
※※※
「──よし、これで洗い物も終わり……亮ちゃん、亮ちゃんの部屋の鏡を貸して」
「うん、良いよ。じゃあ俺は歯磨きしてくる」
「うん」
──俺は出掛ける準備を済ませると、自分の部屋へと向かう。結香はまだ鏡の前で化粧をしていた。俺はベッドの上に座り、待つことにする。
「……ねぇ、亮ちゃん」
「なに?」
「今日はどこに行くつもりなの?」
「特に決めてはいなかったんだけど、電車に乗ってショッピングセンターに行ってみないか?」
「あぁ、あの大きいショッピングセンターね」
「そうそう」
「了解」
──そこで会話が途切れ、結香は化粧に集中している様で黙り込む。俺も邪魔しちゃいけないと何も話さなかった。
「……ねぇ、亮ちゃん」
「ん?」
「楽しみにしてくれているのは嬉しいんだけど……子犬が尻尾を振る様に赤い糸をブンブン振らないでくれる? 焦っちゃって……」
「お……おぅ……悪い悪い。じゃあ俺は玄関で待ってるわ」
「うん、ごめんね」
「いや、大丈夫」
……油断した。無意識に赤い糸がやっていたとはいえ、好きな人に恥ずかしい姿を見られてしまった。今度からは気を付けよう。
5分程、玄関で待っていると結香がやってくる。結香はいつも以上に気合を入れてメイクしてくれた様で、有名人の様に輝いて見えた。
「お待たせ、子犬君!」
「やめてくれ……」
「ふふ、いつものお返しぃ~」
「くぅ……憎たらしい奴だ」
「準備は出来てるよね? じゃあ行きましょうか?」
「うん」
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