9章 タイトル未定

第142話 魔女、鯨飲と言われる

「お前さんが鯨飲か」


 アダルに紹介されて顔合わせをするために見覚えのある酒場で待つこと数分後、店に入ってきた青い髪をドレッドヘアーにしている髭面の三十代くらいの男が私を見て口にした第一声がそれだった。


「人の顔を見て鯨飲ってどういうことかな?」


 鯨飲というのは確かクジラが海水を飲むように、大量のお酒を飲む事を言うんだったかな? どうやらここではウワバミと同じような意味で使われているようだ。


「ああ、どこかの海賊が飲み負けたと聞いたがお前の所の奴らだったか」

「アイツラが言うには若い娘っ子という話だったが、この嬢ちゃんなんだろ?」


 つまり目の前の男は以前この店で私に飲み負けた海賊たちの親玉ということだろう。私の特徴を聞いていたのと酒場の店主と私のやり取りを見て、それが第一声の鯨飲に繋がったということだろう。


「それで話ってのは俺達の縄張りにある遺跡に入る許可だったか、まあ出しても良いんだが……」

「その様子だとそうもいかないってところかな?」

「察しが良いな、ちと最近は問題があってな」

「問題? それは初耳だな」


 アダルが訝しげにダダンに視線を向ける。


「ここ最近遺跡からの未帰還者が増えている」

「それは遺跡の中で魔物に倒されたからじゃねーのか?」

「いやな、未帰還者の中にはベテランもいるんだよなこれが」


 そう言ってダダンがため息をつく。ダダンの話を聞くところによると遺跡から採れた魔鉄の半分を手数料として徴収しているのだとか。なので未帰還者が出ると収入も減るという事になる。


 最初は遺跡に別の出入り口が見つかりそう言ったところから抜け出しているとも考えたようだけど、そう言った痕跡は見つからなかったようだ。そうなってくると遺跡の中で何かが起きているという事になる。


 ダダンとしては遺跡の収入だけに頼っているわけではないが、それでも魔鉄が気軽に採れていた遺跡をこのまま、未帰還者が出るから閉鎖するというのは面白くない。ただ自分の身内を遺跡の調査に送り出すのもためらわれる。そんな所にアダルから遺跡に入りたいという話が来たというわけだ。


 私とアダルは一度視線を交わす。私もアダルもその程度で遺跡に入らないといった選択肢はない。遺跡に異変があったというのは今まで見つからなかった何かが見つかったということでもある。それはもしかするとアダルの腕輪に関わることなのかもしれないというのが私のアダルの共通認識だろう。


「ダダン、一つ相談がある」

「何となく分かるが言ってみろ」

「俺とエリーが遺跡の調査を請け負う、そのかわりに調査中に手に入れた物は俺達がもらうっていうことでどうだ」

「……」


 ダダンは腕を組み考えをまとめようとしているようだ。


「一つだけ頼みたいことがある。それを受けてくれるならその条件でいい」


 暫くたった後、ダダンがそう言って来た。


「頼み?」

「未帰還者の中に知り合いの娘がいてな、俺自身が探しに行きたいんだがそうもいかなくてな」


 海賊の頭が遺跡に入って未帰還者の仲間入りになるわけもいかず、探しに行けないといったところだろうか。


「その娘っていうのはいつ頃遺跡に入ったんだ?」

「一月ほど前だ」

「それって」

「ああわかっている。だからな見つけることが出来たらその証だけでも持ち帰ってきてほしいと思っている」


 本当なら生きて戻ってきてほしいと思っているのだろうけど、一月も経っていると絶望的だろう。本来は遺体を持ち帰ってきてほしいとも思っているだろうけど、こちらも一月経っていることからまともな状態とも思えない。


「わかった、その頼みを受けよう。エリーもそれでいいな?」

「うんいいわよ」

「すまないが頼む」


 座ったままテーブルに顔がつきそうなほど深々と頭を下げる。知り合いの娘さんとはもしかすると結構な深い仲だったのかもしれない。


「その娘の持ち物や特徴はあるのか?」

「名前はシーラ、この辺りでは珍しい茶色の髪をした二十になったばかりの娘だ。特徴的な持ち物としては柄に青色の魔石が埋め込まれたナイフを持っている……、成人する時に俺が送ったものだ」


 未帰還者の捜索はいいのだけど、未帰還者が出る前と出た後の情報を知りたいところではある。出てくる魔物が変わっていたり増えたとかなら絶望的ではあるけど、変わっていないのなら生存の可能性も無くはない。


「もう少し情報がほしい所だけど、その辺りはどうなの?」

「そうだな、奥までは捜索をしていないが雰囲気としてはあまり変わった所はないようだ。ただな奥はどうなっているのかまではわからん」


 この後も色々と聞いてみたのだけどあまり有用な情報は得られなかった。


「それじゃあ明日朝一で送っていく、それでいいか?」

「ああ頼む」

「お願いするよ」


 私とアダルはダダンと別れ酒場を出る。


「それでアダルは明日行く遺跡には入ったことがあるの?」

「一度だけ入ったな。ただその時は隅々まで調べたが何も見つけられなかったがな」

「そっか……、まあ今からあれこれと考えても仕方ないね」

「そうだな」


 明日行く遺跡には私とアダルの二人で行く予定でいる。アダルの方はいつも通りギーラに任せて、ティッシモにはシオンへ伝言をお願いするつもりだ。その後ティッシモには、状況によっては長い期間戻れないかもしれないので、その時はドレスレーナに戻ってもらうつもりでいる。

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