小話 その調味料を求めて その2

 ギルドから飛竜が届いた。思っていたよりも数が多いのには驚いた。ただ、どの飛竜も被膜だけが綺麗に切り取られているようだ。流石に皮膜は食べることが出来ないので不要ではある。


 一匹以外の飛竜は、持ってきてくれたギルド職員に全て保冷庫まで運んでもらい入れておく。この保冷庫はここ数年の内に一般に出回りだした魔道具だが、元は古代遺跡から発掘されたものを再現したもののようだ。


 手元に残した一匹は腐敗防止処理がされているようなので、水で綺麗に防腐液を洗い流す。この防腐液は魔物や動物の全体へと塗り込むことで内蔵の腐敗を遅らせられるという効果がある。ただし綺麗に洗い流さないと味に影響するので、丁寧に洗った後に暫く水に漬け込まないといけない。


 飛竜の大きさは全長三メートルと飛竜としては小柄ではある。この時のために用意しておいた水槽に数時間ほど漬け込むことにする。わし一人では持ち上げることは出来ないが、二人いる助手の手により持ち運ばれていく。


 今のうちに調理の用意を始める。わしは旅をしながら調味料を集め続けた。そしてある国で再びあの串焼きを売っていた青年と再開を果たすことになった。再開した時、青年はケンヤと名乗り、どうやらわしが調味料を集めている事を何処かから聞いて接触してきたようだった。


 青年はドレスレーナ王国の貴族だと名乗っていた。そしてわしはケンヤに頼み込み飛竜の調理方法を聞き出した。そのかわりにわしの持つ様々な調味料を提供する事になったが後悔はない。


 代わりにわしもケンヤから色々な魔物の調理方法を聞くことが出来た上に、ケンヤの持つ調味料の情報を受け取ることが出来た。その後わしはケンヤに招待されドレスレーナ王国の辺境の街へ赴く事になり、そこで暫く滞在することになった。


 辺境の街ではケンヤとともに調味料と魔物料理の研究に明け暮れた。近くには魔の森と呼ばれる、普通では目にすることは出来ないような魔物が出る場所があったおかげで、料理をする魔物は多岐に及んだ。


 調味料と魔物の研究の傍ら、それをケンヤとの共同研究として書物にまとめてケンヤ経由でドレスレーナの国王へと献上し、グランゴルドにも写本を提供した。その御蔭で今のわしは魔物料理の第一人者などと呼ばれるようになったのだが、この功績はケンヤの物だと今でも思っている。当のケンヤは「私は料理人ではないし、料理は趣味だからね」と言って気がついた頃には全ての功績がわしのものになっていた。


 残念ながら魔の森では飛竜がいないらしく手にはいらなかった。そのためにわしはケンヤと別れ再び旅に出ることになった。わしはどうしてもあの飛竜を再び食べたいと思った……、というわけではなく陸上の魔物の研究の次は海の魔物の研究を始めようと思ったからだ。


 ただ飛竜の肉をもう一度食べたいと思ったのも確かだ。そのために飛竜が多く生息しているという噂を聞き今いる港のある街まで来たわけだ。残念ながらわしがたどり着いた頃には飛竜が手に入らなくなっていたようだが、念の為にギルドに依頼を出していた。


 飛竜が再び手に入る可はわからなかったが、本来の目的は海の魔物や海の生物の料理研究だったために半分忘れていたとも言える。珍しい調味料や食材などはケンヤに送りもした、代わりに資金を送ってもらい大いに助かっている。


 いつぞやは米と呼ばれる穀物を送った所、ケンヤ本人がやってきたこともあった。あの時のケンヤの喜びようはなんと言ったらいいかわからない程だった。ケンヤに教えてもらった米の料理は確かに色々と使えるものだったが、流石に希少すぎて手軽に使うことは出来ないものだった。


 さてと昔話はこの辺りで終わりとして飛竜の料理を始めるとしようか。助手に指示をして水に漬けていた飛竜を取り出させ作業台に置かせる。まずは布で水を拭き取る。続いて首と尻尾を切り取り、それぞれは後ほど使うので再び水に漬ける。水は絶えず流れるようにしておいて残っている血をなるべく出すように心がける。


 続いて首側から鱗に沿って皮をはぐ。飛竜の鱗はたいした硬さは無いので、しっかりと研いだ切れ味のいい包丁を使えば簡単にはぐことが出来る。ただ力がいる作業なので皮は助手の二人に任せる。


 皮の剥ぎ取りが終われば、続いて内蔵の取り出しになる。鱗を剥ぐ時に入れた切込みから、お腹を裂いて内蔵を取り出す。これらの作業は助手にやってもらっている。流石にわしも年を取り自ら大型の魔物の解体はできなくなっている。


 わしはその都度指示を出しながら調味料の準備に取り掛かる。ケンヤに教えてもらった物をベースにわしが独自で調合した百八種の香辛料と薬草を混ぜ合わせすり鉢で粉状にしていく。


 次々と一口サイズに解体された肉をこの時のために作っておいたタレに漬け込み、続いて調味料をふりかける。解体が終われば助手帯にも同じ作業をしてもらい、暫く味をなじませる。


「お師匠様、本当にこれで飛竜は美味しくなるのですか?」


 助手の一人が聞いてきた。わしはなんと答えればいいのか迷った。ケンヤから教えてもらった調理方法と調味料を使っている。調味料はアレンジを加えたとはいえ問題ないだろう。ただわし自身これであの飛竜の肉が美味しく食べられるかは焼いてみないとわからない。


「すまぬがわしも実際に焼いてみないとわからぬ」

「そうですか」

「いやいや、これだけやれば大丈夫だろうさ。まあ毒があるわけではないし不味くても死にはしないさ」


 もう一人の弟子が楽観的にそう言っている。言われてみれば毒があるわけではないし、不味かったとしても死ぬことはないのはそのとおりだ。ケンヤと魔の森の魔物の研究をしていたときは、毒で死にかけたこともある事を考えると気が楽になる。


「早速焼いて食べてみようか」

「「はい」」


 助手の二人が串焼きを焼き始める。何度かひっくり返しタレを塗る。仕上げとして粉にした調味料を振りかける。


「よし、早速食べるか」


 部屋には初めて飛竜の肉を食べたあの時よりも美味しそうな匂いが充満している。助手の一人がゴクリとつばを飲む音が聞こえた。


「……神に感謝を」

「「感謝を」」


 祈りを捧げ串焼きを手に取る。三人ともお互いに視線を交わしてから思い切って一口飛竜の串焼きを口に含む。


「「「うまい」」」


 この日わしは人生で最高の串焼きを口にした。この味は初めて食べたケンヤの串焼きを超えたものになっていた。

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