小話 その調味料を求めて その1

「なんと、あの依頼が達成されただと?」

「ええ、船での輸送になるので少し時間はかかりますが十分な数も確保できたようです」

「そうか、そうか……やっと飛竜の肉を料理することが出来るのだな」


 不味いと言われている飛竜の肉、それを調理するのがわしの人生最後の命題だと思っている。二十年ほど前まで高級宿グランゴルドの本店で料理長を努めていたわしだが、ある時に食べた飛竜の味が忘れられなかった。


 それに出会ったのは屋台だった。どこの貴族の道楽だったのかは今ではわからないが、メイド姿の女性を三人侍らせたその男が提供していた物がつい気になってしまって行列に並んでしまった。


 人の整理をしていたメイドの一人に何を売っているのかと聞くと飛竜の肉だと言う答えが返ってきた。その時点で頭には疑問が浮かんでいた。あの不味い飛竜の肉を求めてこれだけの行列が出来るのだろうかと。


 ただ前方から漂ってくるなんとも言えない匂いはわしの食欲を大いに刺激した。もしかすると売っている飛竜の肉が不味かったとしても、このなんとも言えない匂いの発生源である調味料に興味を持った。


 普段は屋台で買うなどということはない。わしが働いているグランゴルドでなら望めばありとあらゆる食材が手に入る。何の肉を使っているかわかったものではない屋台でなど食う気にもならない。ただこの時のわしはなぜだかこれを食わねばならないという想いを抱いていた。


 そしてついにわしの番が回ってきた。売っていたのはシンプルな串焼きのようだった。普通の串焼きと違うのは様々な部位が売られていることだろうか。わしの知る屋台の串焼きというものは、様々な部位を混ぜて焼いている物が普通なのだが、そこで売られていたの物は全て部位ごとに焼かれていたものだった。


「お客様どの部位をどれほどお求めですか?」


 串焼きを焼いている青年ではなく、行列の整理としていたメイドと同じ服装の者が訪ねてきた。わしは串焼きよりもこの使われているだろう調味料のことを聞きたかったのだがそうもいかなかった。わしの後ろには未だに行列ができていて話をゆっくりと聞くわけにはいかないようだった。


「すべての部位を一つずつ頼めるかな」

「内蔵系もございますが大丈夫でしょうか?」

「ああ大丈夫だ、すべての部位をお願いする」

「かしこまりました、それでは銀貨一枚となります」


 屋台の串焼きと考えると高いとも思えるが、内蔵など普段なら捨てられるような部位を食べられるように処理していることを考えると安いだろう。内臓の処理というものは面倒なのだ、だいたいの魔物の肉は血抜きなどされていないことが多い。


 わしの厨房に持ち込まれる肉はその辺りの処理を



メイドは串焼きを殺菌効果のある植物の葉でくるむとこちらに手渡してきた。


「ああ、ありがとう」


 礼を言って行列から離れる。未だに行列は増えているようだ。


「すまぬがエールを一つもらえるかな」

「あいよ」


 なぜだかこの串焼きの店の周りには、同じような食べ物を売る店がない。そのかわりに水や果実水、そしてエールなどの飲み物が売られている店が多く集まっているようだ。わしはなんとはなしにこの串焼きにはエールが会うのではないかと思いついつい店主に注文していた。今日は非番なので問題ないだろう。


「すこし聞きたいのだが、この串焼きの屋台はいつも出ているのか?」

「そうだな、確か五日ほど前からだったかな」

「周りに飲み物を売る屋台が多いのはやはりこれが理由か」

「そうだろうな、最初は俺の屋台だけだったが二日目からは食事系の屋台が減って飲料系の屋台が増えたな」


 わしのつぶやきに律儀に店主は答えてくれた。


「ほれエールだ。その串焼きも冷めちまう前に食っちまいな、なんあらほれ裏の椅子を使ってもいいぜ」


 店主が自らの休憩用に置いている長椅子を指さして勧めてくれたので礼を言って座らせてもらう。


「新たな恵みに感謝を」


 手を組み神に祈りを捧げる。祈りを終えて串焼きを包んでいた葉を剥がす。まだ冷え切ってはいないが、最初に比べると冷えているのがわかる。そして漂ってくるあのなんとも言えない匂いと共に口の中に唾液が溢れてくる。


「なんだ、これは」


 うまい。ただその言葉しか思い浮かばなかった。不味いはずの飛竜の肉がこれほどの味になるとはわけがわからない。この肉を包んでいるタレがそうさせているのか、それともタレに隠されるようにまぶされているスパイスであろう粉末が理由なのか全くわからなかった。


 わかることはこのタレもスパイスも使われている素材の数が十を超えていることだろうか。それ以外にもタレやスパイスだけではありえないほど肉が柔らかいのだ。どんな肉でも焼いて時間が経てば肉は固くなるはずなのに、未だに肉は柔らかいままだった。


 気がつけば串焼きを半分ほど食べ終え、そしてエールが空になっていた。この癖になる味わいにエールが合ったのだ。


「店主済まないがエールをもういっぱい貰えないだろうか」

「あいよ、やっぱりそうなるよな」


 どうやらわしに席を勧めたのはわしがエールをお代わりをすると踏んでのことだったようだ。だがそれも仕方がないだろう、それだけこの飛竜の肉を使った串焼きが美味いのだ。


もも、かわ、むね、そしてレバーにハツ、他にも珍しい物が皮膜などもあった。どれも思っていたよりも柔らかくそして調味料のおかげか飛竜の肉とは思えないほどにうまいのだ。全ての串焼きを平らげ、三杯目のエールを飲み干した。


「店主、席を貸してもらって感謝する」

「良いってことよ、お客さんがうまそうに飲んでくれたおかげでこっちの売り切れだ」


 店主は今日用意していたエールを全て売り切ったようで店じまいを初めている。さてと串焼きの店主に飛竜の肉をこれほどうまくするコツを聞こうとするか、ともう一度店主に例を言って串焼きの露天へ向かった。


 だが露天の会った場所には既に人は誰もいなかった。あれほど並んでいた行列も見受けられない。わしが串焼きを食べている間に店じまいをしてしまったようだった。その時のわしは特に焦ることもなくまた明日来れば良いと思っていた。


 だが翌日も翌々日も、その日以来露天で飛竜の肉が売られることはなかった。後々話を聞くと串焼きの露天をやっていたのは冒険者だったようだ。結局わしは、あの時の飛竜の味が忘れられずに店を辞めてあの調味料を探し求める旅に出ることにした。

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