第76話 魔女、見送る

 戴冠式はつつがなく進んでいく。多数の貴族が集まる中、人の姿を取ったアンジュが現国王のアルガスから王冠を受け取り、一度神に捧げるように頭上へ持ち上げる。そして跪いているアルベルの頭に被せるように乗せた。そして立ち上がるアルベルに私は王笏を手渡す。


 私の存在を疑問に思う貴族もいると思うけど、私の着ている服装を見たからか特に不快な表情の者は居ないように見えた。流石にこの服の意味に気が付いた人は居ないと思うけど、見ただけで尋常ではない物だというのはわかったんだと思う。


 王冠と王笏の引き継ぎが終わった所で、アルベルを先頭にして少し後ろを私とディーさんが続く形で教会の入り口へと歩みを進める。その後ろに王族が続き、少し間を空けてアルバスさんを始めとする上位貴族が続く。そしてそれに続くように前の方にいた者たちが続く形で外へ向かう。


 教会の外へ出たアンジュは人の姿から龍の姿へ変わり、その手に私と王族を乗せ飛び立つ。ドレスレーナの王都をぐるりと一周した後に王城へ降り立ち戴冠式は終了となる。この後は貴族が城に集まりパーティーが開かれることになっている。


 ちなみに私は今回のパーティーはパスしました、色々絡まれても面倒だからね。そんなわけでパーティーに出ていない私が今何をしているかというとディーさんとアンジュの三人でお風呂に入ってます。


「エリーが魔女になってるなんて思わなかったよ」


「見た目とかは特に変わったりしませんからね」


「我は一発で見抜いたがな」


「そもそも龍ってそういうものでしょう」


「あははは、そうであったな」


「それで依頼も終わったことだしディーさんはいつ頃出るの?」


「娘と息子から城下町に着いたと連絡があったわ、少し祭りを楽しむみたいだからそれが終わってからになるわね」


「ふむ、ユグドラの娘よ、よければ我がお主を魔の森まで連れて行ってやろうか?」


「よろしいのですか?」


「よいよい、いつものことだがすぐに巣穴に戻る訳では無いからの、それに懐かしきものと顔を合わせるのも良いと思ってな」


「そう言えば昔師匠にボコられたんだったっけ?」


「うはははは、ボコられたならまだましじゃの、正直死ぬかと思ったわ」


「笑い事じゃないと思うんだけどね」


「あれがあったからこそ夫を得、子をなすことが出来たと思えば笑い話ともなろう」


 本人がそれでいいのなら何も言うまい。


「それじゃあ私からもディーさんの事お願いするよ、アンジュが戻るまでは私がここに滞在しておくから。もう少しアルベルやスレイナに稽古をつけたいし、まだこのあたりの観光もしていないからね」


「何も無いとは思うが、しばらくはエリーに任せるとしよう」


「さてそろそろ上がりましょうか、お腹はすいたけどパーティー会場に行くのも面倒だしどうせなら三人で城下町までいって食事しない?」


「ふふ、それもいいわね」


「楽しそうじゃの、我も歓迎じゃ」


 お風呂から上がった私たちは適当に変装をして城を抜け出した。城下で買い食いをしながら練り歩き祭りを楽しんだ。色々見て回っている途中に、ダーナの街で別れた冒険者三人娘のガーナ、サマンサ、ミランシャと再会を果たし、再会を喜んだ後は一緒に祭りを楽しんだ。


 そんなこんなで色々と騒動にも巻き込まれながら私たちは祭りを楽しんだ。



 王都の祭りも終わり日常が戻った。そして今日はディーさんとその娘が旅立つ日だ。息子の方は王都に留まるというよりも、ディーさんに私が旅を再開する時に同行させてほしいと頼まれた。ディーさんに頼まれたのもあるけど、変わり者で面白そうだからと請け負うことにした。


「大御祖母様、良き旅立ちを」


 城の城門前に集まった王族を代表して国王となったアルベルが別れの挨拶をしている。左胸に手を添えて頭を下げる、私も含めて集まっている全員が同じ感じで礼をする。


「あなた達も息災でね、私もずいぶん長く生きたわ、そして、ふふ、あの人に見初められ子をなし、息子や孫たちに見送られる、そんな楽しい生を送れたわ。だからあなた達も、死ぬまで楽しんで生きなさい」


 そう言ってディーさんは一人ずつ順番に抱きしめそれぞれに言葉を送っていく。


「エリー、またあなたと再会できることを願っているわ。あの娘のことお願いするわね、だけどあなたはあなたの生を楽しみなさい」


「ディーさん……」


「そんな顔しないの」


 そう言ってディーさんは私の額にキスをして抱きしめてくれた。しばらくしてお互いに離れる。私はそんなディーさんに最後の言葉を送る。


「ディーさんの次の人生にさち多きことを願っています」


「ありがとうエリー、また会いましょうね」


「そうですね数千年は待てないので、なるはやでお願いします」


 ディーさんはそのまま離れてアンジュの元へ向かう。


「それでは黒龍様お願いします」


 アンジュが黒龍の姿に変わりディーさんとディーさんの娘を手のひらに乗せ立ち上がり、そのままはばたき飛んでいった。集まっていた皆が空を見上げアンジュが見えなくなるまで見送っていた。



 ディーさんを見送りそれぞれ動き出す。国王となったアルベルと補佐のスレイナはしばらく前国王アルガスの元で国家運営を学ぶようだ。アルガスとティアーナが隠居するには三年くらいはかかるとのことだ。


 その間にアルベルの結婚やスレイナの伴侶探しなんかもしないといけないと忙しくしている。アルバスさんとアデレートさんは貴族街の自分の屋敷にもう一度戻り再び国を回る旅に出るようだ。


 前国王夫妻も海辺の避暑地に早々と戻っていった。再度誘われたので近いうちに伺いますと言っておいた。馬車で片道3日ほどの距離らしいので近々言ってみようと思う。


 そして私は王城から出て城下の街で宿を取り暮らすことにした。アルベルからはこのまま城で暮らして良いとは言われたけど辞退した。代わりに貴族街に屋敷をともいわれたけどそちらも断った。私が王城にいた理由であるディーさんも旅立ったことだし、貴族でもない私が貴族街に屋敷をもらうのもおかしいからね。


 週に一度は城の訓練場でアルベル達を鍛えることになるので、その時は宿泊することを約束させられたけどね。アンジュが戻るまでは王都に滞在するつもりなので、観光やギルドで適当な依頼でもして過ごすつもりでいる。


 王都から少し離れた場所にはダンジョンがあるようなので、行ってみるのも良いかもしれないね。それに貴族街に屋敷はいらないけど、城下で家を買おうかなと思ってたりはする。そんな事を考えながら私は、初めて訪れる王都の冒険者ギルドへと踏み入った。




 4章へ続く

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