その三
嘘だろ、と男は唇から、嗄れ声でごぽりと零した。室内に何らかの異変は見えない。なのに、なぜ、こうまで違和感を募らせるのだろう。
男は殺人に及び屍体を山に棄てる。テレビのニュースで、「俺なら、山へ棄てる」と言ったのが、ほんとになるとは夢にも思っていなかったけれど。
男は、死ぬほどビックリした。なぜならば、死んだはずの少女が突然アパートの扉を、乱暴にひらいたのだ。そのとき、厭に親し気に、
「やあ、あ、ふつうに接していいから。取敢えず、中に入る。玄関じゃ寒いし話しづらい。酷い仕打ちだよ」
人違いだと云って、扉を閉めようとした。だが、その防御反応は聊か功をなさず、少女は、アパートの一室にもぐりこんだ。
「で、なんで私を殺したの」
ソファに腰を下ろした少女が言った。
少女は、男の銜えた烟草の先端に、燐寸で火を附けた。
「あ、そんなに怯えないで。ちぃとばかし気になることがあってね。で、どうなの?」
男は動機を述べた。少女は前世で縁が在り、私怨があった、という。
夜の商店街。街灯がおだやかに二人を照らしだす。
「売れませんね」
と、彼は言った。
「今夜も冷える。珈琲を買って来てくれ」
「じゃあ、一寸行って来ます」
彼は近所の飲料自動販売機まで使いに行った。
彼は数分後、露天に戻った。
珈琲を手渡し、缶珈琲のプルタブをあける。
台の上に広げた商品をちらりと見ていく通行人もあたたかい飲料を持っていた。
「晴舟、商売に集中しろ」
「すみません」
晴舟と喚ばれた彼は手帳をポケットにしまった。
客が来る。中国系らしき人相をしていた。
古銭を買っていく。
「ありがとうございました」
と、晴舟は言った。
晴舟は、中国系の客の態度を不愉快に思ったが去って行った後は、二人でにやにやと笑った。
烟草の煙を吐きながら、給料を受け取る。
タクシーに乗る。
気が附くと、見知らぬ室に居た。質素で機能的な室だった。茫漠と室内に目を遣る。其以上の情報はない。しかし、もう一歩進めて言えば、この見知らぬ室は普段から使われてる可能性がある。と、云うのも、棚をひらくと衣服やタオル等が入っていた。サロアは服を着換えた。
室の裡をウロウロする。見知らぬ室は遊び心もなく、ただ寝起きするだけの為の室、という印象を受けた。
空気がうすいように感じられる。息苦しい、空気が重い気がする。
ふッと扉がぎぃ、と音を立てた。振り返ると、茶髪の女性が立っていた。
「お目覚めでしょうか」
事情を説明される。室の戸外に出ると、人が疎らに歩いている。建築はしろを基調として、清潔な空間だということはわかる。
事情を説明されても、先ず、飲み込めてはいないようだった。
巨大な複合施設のような建築の裡で集団生活を送り、転生試験というものが存在する、と女は言った。みんなその試験に向けて、図書室で勉強している、ということだった。
既に死んでいる。サロアは現状を理解した。
「ねえ、この問題、わかる?」
と、エルザが尋ねる。
サロアはエルザの問題集をちらりと見た。
問題集には、次のような設問があった。
「声は、魂から発せられる。魂とは、何か」
サロアは、
「つまり、魂が声を発するのと、心の声は、別物ってこと?」
「さぁ……」
エルザは、頸を傾いだ。
「この問題集、頭悪ない?」
エルザは、雑な手附きで問題集を片附けた。
「人間って、ヒマになると碌なことしないね」
「人のこころほど、難解なものはない、って解説が附いてるけど、僕には簡単だよ」
「つまり?」
「対話さ……」
その後、転生試験を、二人は受けた。
「優秀なエルザが落ちて、なんで僕が受かるんだろう……」
「待ってて。すぐに、わたしも行くから」
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