15 Vollmond
これは、当時巨大勢力を誇っていた暴力団が、一夜にして壊滅した怪奇現象の話。
澄んだ空に、大きな満月がかかった夜のこと。
一人の男が二丁の銃を持って、暴力団本部に侵入した。
電気系統を破壊され、暗闇に包まれた本部ビル。
中にいた暴力団員たちは、瞬く間に視界を奪われた。
すぐさまガラケーやハンディライトを取り出すも、わずかな光のみでは、身動きを取ることもほとんどできない。
そこに男は現れた。
混乱うずまく廊下を、ランウェイのごとく闊歩する。
有象無象に、淡々と銃を放つ。
正確無比に、構成員を清掃していく。
鳥目鳥頭の烏合の衆は、暗黒の一本道を逃げ惑うことしかできない。
男と烏合の衆とでは、はじめから見ている世界が違ったのだ。
「……眩しい」
顔に手をかざし、昏く青い目を細める男。
彼は、かつて父から教わっていた。
望月の夜は、昼をも欺く明るさと称される、と。
ふと足元を見下ろす男。
そこには、暴力団の組長がうずくまっていた。
頭から血を流し、毛深い手で傷口を押さえている。
男は拳銃を握り直した。
「安心しろ。お前らに与える罰は、ウロボロスの半分だと決めている」
望月に照らされ浮かび上がる、すらりと伸びた黒い影。
月光が冷たく広がる空に、また、銃声が響く。
その後男は、機密情報が記されたファイルを盗んで逃走。
彼が通ったあとには、末端の末端から組長まで、恐ろしいほど均等に半殺しにされていたという。
これをしでかした犯人は、生も死も手の内で転がせる怪物なのだ。
人々はそう言って、恐怖の権化と化した裏社会の新参者に名を与えた。
望月の夜に降臨した死の管理人、望月の死神の誕生であった。
◆
俺はそっと口を閉じ、類は瞳を閉じた。
雨の音だけが、静かな部屋に染みわたる。
雲の切れ間から細く光が差しこみ、床のタイルを淡く照らした。
「やっぱり、俺は死神かもしれねぇな」
不意に、そんな言葉が口をついて出た。
類が首をもたげる。
「俺さ、ときどき命の重さってものがどうでもよくなるんだ。他人も、自分も、なにもかも潰してしまいたくなる」
俺は、汗ばんだシャツに手を当てた。
胸ぐらを握り締める。
この胸には、抑えがたい衝動が眠っている。
ふつふつと沸き上がって、俺をかき立てる冷酷な衝動だ。
「望月」
類の声が、凛と響いた。
はっと思考が引き戻される。
「望月……僕はね、君のことはもっと、甘いくらいに優しい人間だと思っていた。けど」
類が上体を起こし、俺の顔を覗き込んでくる。
「その衝動を昇華することは……復讐は、本当は君自身が望んでいたことだったのかい?」
復讐。
それは、死者が生者に与える罰。
否応なく課せられた、生者が望まぬ試練。
しかし、実際はただの俺のエゴだった。
罰を受けたいと思ったのも、俺自身。
衝動をぶつけたいと思ったのも、俺自身。
ならば、俺の望みとは、いったい。
「分からない」
俺はゆっくりと目を伏せた。
ただ、いま分かることだけを、一つ一つ言葉にして重ねていく。
「人を殺すのはすごく怖い。けど、復讐のために戦っている間だけは、俺も生きていいって思えたんだ」
類は、じっと俺を見つめながら、そうか、とだけ呟いた。
「君が本当に復讐を望むのなら、きっと僕には止められない。だが一度考え直してくれないか。お前の本当の意志を」
「俺の、意志……」
そんなこと、考えたこともなかった。
いや、考えようとしたことはある。
でも、考えちゃいけないと思っていた。
だってそれは、生きることだから。
罪深くも生き残ったこの命を、大切にするということだから。
「答えが分かるまでは、誰一人傷つけない。復讐は果たさない。約束してくれ」
「そんなこと、どうしてお前が——」
「君に後悔してほしくないんだよ」
思いの外、強く重い声だった。
こんな甘ったるいセリフを吐くなんて、類らしくもない。
マッドサイエンティストはどこにいっちまったんだ。
「なんでかな、君が後悔したら、僕も後悔する気がしたんだよ。それが嫌でさ」
肩をすくめてみせる類。
それから、ぼそりと、一言付け足す。
「あいにく僕には、悔いを晴らす時間がないからね」
類は、どこか遠いところを眺めて、まつ毛を震わせていた。
時間がない。
それがどういう意味か、なんとなく気づいてる。
本当は分かってるんだ。
これから類の頼み事なんて、もはや数えるほどしか聞けないってことも。
その一つ一つに、どれだけの思いが込められているのかってことも。
「……わかった。約束する」
肩に添えられた類の手に、手の平を重ねる俺。
誓いを交わすように、固く握り返す。
白くて骨ばっている手だけれど、確かにぬくもりがあった。
あの日は、届かなかった。
車に乗りこんだ二人に、無邪気にも「バイバイ」と手を振ってしまったあの日は。
相棒が助けを求めて伸ばしてくれた手を、握り返してやれなかったあの日は。
それがいま、届いた。
これまでとは違う。明らかに違う。
そう思ったら、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
全身に力が満ちてくる。
顔を上げられる。
前を向ける。
人はこういう熱を、希望、と呼ぶのだろうか。
「風向きが変わった」
窓の外に目を向けながら、俺はつぶやいた。
類がベッドから起き上がる。
「分かるんだ、そういうの」
「……なんとなく、な」
「へぇ、やっぱりスナイパーは違うんだね」
「かもな」
この先の運命は変わる。
シックスミックスが変えてくれる。
なにより俺たちの選択が、俺たちが意志を持つことができれば、きっと変えていける。
そんな気がした。
Twilight -The side story of SIXMIX- 花田神楽 @kagura_official
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます