8 Kündigung
兄妹はそれから、長い長い戦いを続けた。
どうして戦っているのかも分からなくなるぐらい戦いを続けた。
あらゆるものを破壊しながら、家中を駆け巡る。
血の滲む手のひらで、血の滲む頬を張り倒す。
痣が浮いた肘を、痣が浮いた腹にめり込ませる。
幾度となくお互いの身体を傷つけ合う。
もはや二人を止められるものなどない。
まさしく二匹の若い狼が、衝動のままに暴れていた。
慟哭という激しい痛みに、身を悶えさせながら。
沙羅が脚を振り上げ、祇園の肩にかかとを落とした。
床に倒れ込む祇園。沙羅もバランスを崩して尻餅をつく。
すぐさまお互いをにらみつけ、今にも殴りかからんばかりに敵意をあらわにする。
けれども、二人ともなかなか立ち上がらない。
隙だらけの相手に、次なる攻撃を加えない。
泥試合に陥った彼らは、闘争心に体力が追いつかなくなっていたのだ。
それでもどうにか先に立ち上がったのは、祇園だった。
彼が沙羅を一歩出し抜けたのは、性別による体力の差でも実力の差でも、はたまた運命でもない。
兄として、妹より強くあらねばならないという意地があるからだった。
未だ床にへたり込む沙羅を、胸ぐらを掴んで引き寄せる。腕を振り上げる。
こちらを見上げる沙羅は、抵抗する素振りも見せない。
もはや抵抗する気力も起きないのか、潔く投了したのか。
いずれにせよ、祇園の勝利は眼前に迫っていた。
しかし。
祇園は腕を引き絞ったまま、沙羅を殴りつけることができなかった。
改めて彼女の顔を見て、気付いたのだ。
潤みながらも強い光を放つ青い瞳。
引き締まった大きな口。
沙羅の瞳に写る祇園も、同じ瞳と口を持っている。
同じ母親と父親から受け継いでいる。
両親は、今も兄妹の中で生きていたのか。
祇園は天を仰いだ。
目を閉じ、肺の中の空気をすべて吐きだす。振り上げた腕を下ろす。
それからゆっくりしゃがみ込むと、沙羅と視線を合わせた。
「俺の負けだ、沙羅」
固く握り込んでいた拳を開き、その大きな手のひらで、彼女の頭をなでる。母の瞳を見つめる。父の口を見つめる。
「……悪かった。大事な家族を殴りつけるなんて、いま思えばくそダセェじゃねぇか」
苦笑する沙羅。
「ちょっと、それ言わないでくれる? 先に手を出した私が悪くなるじゃん」
彼女もまた長く息を吐いて、身体から力を抜いた。
「まあ事実なんだけどさ。祇園に八つ当たりしたのは、やっぱりちょっと、自分勝手だったかなぁ、なんて」
「気にすんな。俺は兄貴だから、それぐらい――」
「受け止めるのが当然、とか言うつもり? やめてよね」
沙羅は言葉を奪って、祇園の脳天をビシッと指で弾くいた。
つむじを押さえてうずくまる祇園。
唇を尖らせ、頭を上げる。
彼の目の前には、真剣な顔をした沙羅がいた。
「私たち、兄妹だけど双子なんだよ。痛みも喜びも、半分ずつ分け合えるはずなんだよ」
そう諭すと、彼女は勢いよく祇園を抱きしめた。
熱いほどに温かい手のひらだった。
凍りついた心が、ゆるゆると融けていくのが分かる。
祇園は、自分がまるで幼児に戻ってしまったような心許ない気分になった。
沙羅が両親の生き写しなんだから、それも当然かと思った。
けれど沙羅の手は、父さんのように厚くもなければ、母さんのように細くもない。
やはり両親は、もうどこにもいなかった。
祇園は打ちひしがれた。
うなだれる。沙羅の肩に顔を埋める。
沙羅に顔を見られたくなかった。
彼には分かっていたのだ。
自分が今、ひどく情けない顔をしていることを。
目頭を沙羅の肩にでも押し付けていなければ、たちまち溢れ出してしまうものがあることを。
「さっきは、祇園を頼りすぎちゃったからさ。今度は、祇園が私を頼ってよ」
その瞬間、祇園の中で張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた。
沙羅の言葉に静かにうなずく。
沙羅に手を伸ばし、すがるようにしがみつく。
傷ついた背中を震わせる。声を震わせる。
「……父さん……母さん」
沙羅は祇園の髪をなで、彼の顔を隠した。
強き母のような笑顔だった。
だがその大きな瞳からは、また雫が溢れてしまう。
兄妹はしばらくの間、物が散乱した部屋の真ん中で、静かに身を寄せ合っていた。
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