その2 暴露する勇気
父上の言葉で真っ先に頭に浮かんだのは、
僕が断罪されて、結果バーナード家が失われること。
それだけは絶対にさせられない。
たとえ僕が断罪されることが不可避であったとしても。
こんな優しい両親、妹、家臣たちを。
僕だけのために失うわけにはいかない。
いっそ全部話してしまおうか。
そうすれば、最悪僕を前もって排除することで家だけは守れる、はず。
でも。
「・・・っ・・・!」
口を開けても、言葉が出ない。
怖い。
話すのが怖い。
「・・・マリウス?」
話してしまった結果、
ただの夢だ、本の読み過ぎだ、と苦笑されて終わるかもしれない。
頭がおかしいのではないかと心配されるかもしれない。
息子を騙った何者か、と言われるかもしれない。
それが、怖い。
「・・・っ・・・ぅ・・・!」
「ま、マリウス?おい・・・!」
肩を掴まれる。
それに反応して顔を上げる。
「あ・・・」
そこには訝し気な表情をした父上が、僕を見ていた。
しかしすぐ表情を変え、ドアのほうに顔を向ける。
「ネバデス!」
父上の呼びかけに、ノック音と、失礼しますという声。
扉を開けてじいが入ってくる。
「如何・・・なさいましたか?」
僕と父上の状況にただならない雰囲気を感じたんだろう。
じいが険しい表情をするも、父上が間髪入れずにじいに指示を出す。
「この部屋に誰一人、1時間の間、近寄らせるな。
火急の知らせであっても、そして、
妻も、娘も、お前もだ」
「・・・御意にございます。
では出る際に遮音の魔道具を起動させ、1時間後に参ります」
「あぁ、頼む」
父上の言葉に神妙に頷き、一瞬、僕を見たじいが
表情を崩してこくりと笑顔で頷き、出ていった。
まるで、大丈夫です、と言わんばかりに。
遮音の魔道具というのが起動したのだろう。
かすかに聞こえていた外の鳥のさえずりすら聞こえなくなる。
父上が立ち上がり、僕の隣に腰かけ、肩を抱き寄せてくる。
一瞬びくりと身体が強張り、思わず立ち上がりそうになる・・・だけど。
「さぁ、これでここに居るのは俺とお前だけだ」
いまだかつて一度とて聞いたことのない、
父上の、優しい、優しい声で。
たったそれだけのことで、全身の強張りは消え溶けて。
「ここで話したこと全て、俺だけにしか聞こえない」
肩を掴まれた手を軽くゆすられ、
それがまるで僕を絶対に守ってやるぞ、という意思表示にしか思えなくて。
その少し寂しそうな、それでいて優しい笑顔を僕に向けていて。
「・・・」
「話せることだけでいい。
どうかこの父に、お前の力にならさせてくれないか・・・?」
心に響く声、というのが本当にあるのだとすれば・・・。
その言葉が、限界だった。
僕は心から溢れる総てを吐き出すように父上に話・・・いや、ぶつけた。
いつの間にかこぼれ続ける涙と嗚咽を交えながら、
幼子が駄々をこねるように、叫ぶように、呻くように。
泣きながら、もはや理解するどころか整理することも出来ない、支離滅裂な順序で。
僕の総てを。話した。
物心付いたときにその記憶が残っていたこと。
この世界がその記憶の中にあるゲームと同じ舞台であること。
そして・・・。
「16歳になる前後の、卒業手前で、
僕は断罪を受けるんです」
だいぶ落ち着いて、順序良く話せるだけになってから、
ようやく重要な箇所にたどり着く。
「断罪・・・?」
「その物語では、マリウス=バーナードは酷いことをいっぱいしていて・・・
その物語の主人公や、アルフに僕は罪を告発されるんだ」
「・・・」
父上は僕の話をずっと静かに聞いてくれていた。
はじめこそ泣きながらで高ぶった感情のせいで
支離滅裂な話し方になってたにも関わらず、
それでも父上は、静かにただただ、聞き続けてくれていた。
父上なりに、その膨大な情報量をしっかりと処理をしながら。
「その結果、僕は死罪か国外追放。
そしてバーナード家は例外を除いてお取り潰しに」
「例外?」
「セレクトが、その主人公とくっついた場合が例外」
「成程」
「・・・これが、僕の、
多分父上が壁を感じていた理由、です」
全てを話し終えて、冷静になってきて。
話してしまった事はどうしようもない、けど・・・
怖い。
拒絶されるのが・・・怖い。
自然と僕はうつ向きながら自分で自分を抱きしめる形を取ろうとして・・・
父上の掴み続けていた肩が揺すられる。
そしてそのまま抱き寄せられる。
大丈夫だ、心配するなと言わんばかりに。
「そうか・・・お前は、過去の召喚者達に近いんだな」
そして父上の放たれた言葉は、
まったく予想していなかったものだった。
「・・・しょうかん、しゃ?」
それは、はじめて聞く言葉だった。
「過去の勇者物語、或いは災厄のことはどこかで読んでいるな?」
「あ、はい。
確か100年以上前に発生していた勇者と災厄の戦いの話、ですよね」
伝説の子供用の読み物として読んだこともあるし、
歴史書で確かに発生していたという記載も見つけている。
何十年かの周期に現れる災厄という存在を、
勇者たちが倒すという話だ。
ただ、その災厄自体は最後の勇者の仲間の手によって、
半永続的に二度と発生しないようにされたとも書かれていた。
「そうだ。
その災厄と戦う勇者・・・
というより無数の召喚者の中に勇者が居るのだが、
召喚者というのは、
別世界で死した魂を召喚され呼び出された者達を指す言葉だ」
「別世界で死した魂・・・」
「もちろん召喚者達にはそれまでの記憶もあったようだ。
今では災厄が起きないことから召喚自体は行われていないが・・・」
それと似たようなことが、僕の身に起きている・・・?
「え、それじゃあ僕は勇者・・・?」
僕がそう呟くと、父上は苦笑しつつも首を横に振る。
「それはないだろう。
そもそもその召喚者達は死したときの年齢のまま呼ばれるようだからな。
お前の場合は、ちゃんと妻から生まれている
決して、拾い子でもない、
私たちの血のつながった息子だ。
それは保証する」
ちょこっとだけ残念、と思ったけど、
僕は確かに母上から生まれ、セレクトは血のつながった妹なのだろう。
ここは疑っていないし、疑うこと自体が間違えてる。
ちゃんと父上や母上の特徴を僕も受け継いでいるのだから。
「だから・・まぁ、そうだな。
その過去の記憶があること自体は、
そこまで不思議なことでもない、ということだ」
「・・・」
その、ちょっと言い繕った様な父上の言葉に、
なんだかいままで怖く思っていたのが
父上に対しては無用のものだったと理解できて。
「ずっと、物心ついたときから、
ずっとため込んでいたんだな・・・?」
「・・・はい」
父上には僕との間に壁があると感じていたんだろう。
僕自身は意識していなかった壁を。
そんなつもりは全く無かった・・・だけどどこか、
無意識なところで薄っすらな壁を作っていたのかもしれない。
僕すら全く意識していないような、
そんな自然な形の不自然な壁を。
「すまなかった。
頼りにならない父親で」
「そ、そんなことない、
こうやって気にしてくれて・・・
ずっと気にかけててくれてたなんて・・・」
ずっと、聞くに聞けなかったんだろうか。
僕がいつか話してくれることを、
ずっと待ち続けてくれたんだろうか。
そう思うと、また両目から涙が溢れてきて。
その涙を父上が指で優しく拭ってくれて。
「マリウス」
「は、はい」
「俺は、お前の父親だ」
「・・・はい」
「過去の記憶には、
お前のかつての父と母がいるんだろうが・・・」
「・・・」
僕の過去の記憶。
考えてみれば、そんなに思い出すことはなかった。
断罪に関わりそうな部分を必死に思い出せる範囲で思い出そうとしていたくらいで、
かつてどんなふうに生まれ、どう育ち、どう生きていたか。
自分自身の過去の事はあまり思い出すことはなかった。
思い出すことが無さ過ぎたせいか、もう、殆ど思い出せない。
或いは時間が経つにつれて失われていたのかもしれない。
かつての父と母がどんな顔をしていたのか。
かつての自分の名前がなんだったのか。
もう、殆ど思い出せなくなっていた。
「今は、俺がお前の父親だ」
「はい」
「俺の妻が、お前の母親だ」
「はい」
「セレクトが、お前の妹だ」
「はい」
「マリウス。
お前は、どうだ?」
「僕の父上は・・・」
横に座る父上の顔を見上げる。
どこか、不安そうに、それでもそれを見させまいとする表情の父上を。
「世界で1番、僕を心配してくれている優しい父上だけです」
そういって、僕は父上に抱きつく。
僕の、父上だ。
僕とセレクトの、優しい父上だ。
「そうか・・・そうか」
抱きついてきた僕の頭を優しく撫でてくれる父上。
いつしか僕は、その胸の中で眠りについてしまっていた。
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