第二章 少年期 領地編
その1 二月ぶりの我が家
馬車にゆられて1週間。
ようやく僕たちはバーナード侯爵家の領地へと帰ってきた。
思えば長い道のりだった。
特におしりの痛さ的な意味で。
「あー・・・、帰ってきたなぁ」
馬車から見える景色に安堵感を覚える僕。
「それより兄さま、帰ったら早速読んでないご本を読みたいです!」
「セレクトは相変わらず本の虫だなぁ・・・」
流石に揺れる馬車で本を読もうものなら酔うのは確定的なので、
本を読むことが好きなセレクトも馬車での読書は控えていた。
屋敷前に到着し、恭しく一礼をしながら
僕とセレクトを馬車から降ろしてくれる初老の執事服の男性。
「ただいま、じい」
「ただいま、じいや」
「おかえりなさいませ、坊ちゃま、お嬢様」
改めて僕ら二人で執事服の男性をハグしあい、
嬉しそうにお互いに顔をゆがめる。
彼はネバデス。
バーナード家に長く仕える執事で、
僕とセレクトは彼をじいと呼んでいる(セレクトはじいや)
はじめこそそんな呼び方はどうなんだと父上に窘められたものの、
じい自身がむしろそう呼ばれたいと嬉しそうにいうものだから、
父上も何も言わなくなり僕やセレクトはじいと呼ぶようになった。
そして、もう一人。
「おかえりなさい私の可愛い子供たち!」
僕らの帰りを待ち望んでいたかのように、
屋敷に入って早々に二人共々抱きしめられる。
妹と同じ・・・いや、それより濃い目の青い髪色を靡かせた、
まだまだ美しい女性の、僕たちの母上だ。
確かまだ20代だったような。
優しい匂いに包まれつつもくすぐったい気分になりながらも、
僕たちはただいま、と二人で母上を抱き返すのだった。
先日のアンジェとの話は、
僕、アンジェ、そしてその護衛騎士であるエレナさんの
3人の胸の内に留めることになった。
といってもエレナさんも知っていることをアンジェは知らないけど。
レミエリア嬢の婚約者の相手がどちらになるのか、は、
結局決まらないまま一度保留になったようだった。
レミエリア嬢と一緒に呼ばれたアルフに
国王陛下がどのような話をしたのかも分からないままだったし、
・・・まぁ多分婚約を結ぶことを承諾するかどうかを確認させたんだろうけど、
多分アルフって、僕の妹が好きだろうからなぁ・・・。
けどアルフはまだ8歳だ。
婚約関係を親同士が勝手に決めることはあっても、
本人が誰を選ぶとかなんてまだそう決められるものじゃない・・・と思う。
これから成長していく間に別の誰かを好きになるかもしれないし、
もしかしたらその相手がレミエリア嬢かもしれないし。
そういえば、ゲーム上ではアルフは誰かの婚約者とかあったのかな。
多分聞いてる気がするけど、まったく覚えていない。
まぁ・・・そこらへんはなるようになるしかないのかな。
領地へ戻って数日後、僕は父上に呼ばれ、書斎へと足を踏み入れた。
父上の書斎には領地に関する資料が大量に書物としてまとめられ、
特産から採取可能な植物、鉱物などの自然資源。
魔物や動物の配置図やその種類などなど。
僕もちょくちょく暇を見て読ませてもらっているものの、
沢山の事が書いてあってまだまだ把握しきれていなかった。
「来たか」
父上は確認してサインをしていたのであろう資料から目を離し、
僕のほうをみる。
「えっと・・・」
「まぁ、座りなさい」
そういってソファに腰かけるように手で指す。
言われるままに腰かけると、父上がティーポットを手に持ち
デスクから立ち上がって僕の前のテーブルをはさんだ向こう側のソファに腰かける。
はて・・・なにか注意でも受けることをしただろうか?
領地に帰ってからの数日間の間は
普通に勉強したり剣術稽古を付けてもらったりだ。
相変わらず僕には剣の才能が無いようだけど。
それとも、先日の火傷騒動のことだろうか?
あれはトムさんを通じて父上にも話は行っていると思ってたけど・・・。
というか僕自身も父上には全部話してるし。
「さて・・・、色々考えているようだが、
なにか呼び出されることに思い当たるものでもあったのか?」
「いえ・・・これといって。
強いてあげれば先日の火傷騒動を
もっと細かく話すようにと言われるくらいかな、と」
そう尋ねると、
それは問題ない、と苦笑をしながら紅茶に口をつける父上。
「ここ最近、なにやら思いふけることが多いと思って、な」
「・・・」
「お前がそうなるのは相当の事だろう?
お前自身が抱えきれぬような、そんな内容だと思ったのだが」
「・・・」
そんなに、顔に出ていただろうか。
多分アンジェとの出来事の事で、
なにかしら僕は考えに耽ることが多かったと思う。
それを父上は見逃さなかったのだろう。
それにしても、なんだか僕に対する評価が随分高いような・・・?
さて、ここで話すことはアンジェとの約束を破ることになる。
それだけは絶対にできない。
だから。
「はい。
僕の手には絶対に負えない内容ですね」
どうせ見透かされるのだから、正直に答える。
「それは、父には話せぬ内容か?」
「たとえ国王陛下が相手でも、
僕は話すことはできません」
その言葉に父上は口に含んだ紅茶を噴き出しかけ、
ごほごほと咳をしながらお前な・・・と呟いていた。
「それは、どうにか出来そうな内容なのか?」
「時間が解決する内容だと思います」
「そう、か」
どうにかできるような内容でもないし、
一部を除いてどうにかすべき内容でもない。
ただ、暴露するのが問題なだけで。
「・・・お前が色々と何かを抱え続けていることは知っているがな」
「・・・?」
色々・・・?
今のところアンジェとのやり取り以外で
隠していることは特にないはずだけど・・・。
「これでもお前の父親だ。
大事な息子が幼き頃からどこか遠慮しているように
距離を離している事は
分かっているつもりだぞ?」
「ッ!」
その言葉に僕は顔を上げ、父上の顔を見る。
多分、その時の僕の表情は、すごく間抜けな顔だったと思う。
距離を開けている気はなかった。
別に遠慮をしているつもりもなかった。
だけど。
無意識にそうしていたかもしれない。
そしてそう感じさせてしまう理由に、
僕は思い当たりすぎるものが、ある。
「その・・・」
「別に無理に理由を聞くつもりもない。
ただ・・・」
父上が紅茶を一口含み、ほう、と溜息をつき、
「私はお前の父親だ。
何があろうと、何を隠していようと、
たとえこの身、この身分を犠牲にしようとも、
お前の為ならなんだってしてやるつもりだ」
「それは・・・」
その言葉で脳裏に浮かぶのは
マリウスの断罪。
バーナード家の喪失。
だめだ・・・。
それだけは・・・それだけは絶対に!
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