その9 王女の不安

三日後に領地へ帰る。

そう父上から聞いた後、残りの2日間は王宮で過ごすことになった。

アルフとアンジェの希望もそうだけど、

僕やセレクトも同じように少しでも一緒に居られるようにと思った上でだ。


もちろん僕とセレクト、それに父上には城下に屋敷がある。

なので普段はそこで寝食し、

父上が王宮に行くときに同行する、というパターンだったのだけど、

一度領地に戻れば早くても1年。

下手をしたら次に再会するのは学園に行くとき、となる。

だから、僕とセレクトは王宮に部屋を用意していただき、

そこで2日間を過ごすこととなった。


言ってみれば友達の家に泊まりに行くようなものかな?

友達の家というには憚られ過ぎる相手だけど。



さて、現在アルフはサボリにサボっていた剣術稽古に引っ張られていき、

ここに居るのは僕とアンジェにセレクトの3人。

なんだけど。


「・・・」


先ほどからアンジェの元気が全然ない。

僕たちが居なくなってしまうのがそんなにショックなのだろうか。


「あの、アンジェ?

 大丈夫だよ?僕たちまた来るから」


「そ、そうですアンジェ。

 ね、お菓子、お菓子食べましょう?」


僕とセレクトで妙に落ち込んでいるアンジェを気遣うものの、

なかなかアンジェの気が晴れてくれない。


そんなことを繰り返しているうちにアルフが戻ってきて、

そうするとアンジェが途端に態度を豹変。

なんだか空回りしてるようなカラ元気を振りかざして

気にしないでくださいとか言い始める。


「・・・なあ、アンジェに何があったんだ?」


「アルフが分からなきゃ僕らにはお手上げだよ」


「さっきまで落ち込み続けてたんですけど・・・」


よくわからない態度のアンジェに首をかしげる僕ら3人だった。




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その夜。

そろそろ眠ろうかな、とランプの火を消そうとしたとき。

トントン、とノックされるドア。


「はい」


「失礼いたします。

 アンジェリナ王女殿下がお会いになりたいと申しておりまして・・・

 お時間は大丈夫でしょうか?」


アンジェが?こんな時間に?


「えぇと・・・問題ありませんけど、

 僕に、ですか?セレクトではなく」


「はい。マリウス様にです。

 宜しければご案内致します」


少し考える。

こんな時間にまだ幼いとはいえ婦女子と会うのは大丈夫なのだろうか?

・・・いや、アンジェ自身が来ているなら問題だろうけど、

こうやって遣いの人を出しているなら大丈夫・・・だろう。うん。


「分かりました。

 羽織るものを取るので少し待っててください」


「承知いたしました」






はじめはメイドさんかと思ったけど、

恰好を見ると護衛騎士の人のようだった。

アンジェ専属の護衛騎士さんなんだろう。

なんだかかっこいい女性の人でちょっとアンジェが羨ましい。


僕に見られていることに気付いたんだろう、

一瞬僕を見た後、また前を向き直る。


「珍しいですか?私のような女性騎士は」


「え!?

 あ、はい、正直に言えば」


「そうでしょうね・・・

 王家の姫や王妃様の側仕え以外で女性騎士は存在しないと言っていいくらいに

 女性の身では騎士になれるのは稀ですから」


どこか自分を・・・というより女性の身であることを蔑しているような、

そんな口調だった。


「あ、いえ、単純にかっこいいな、って」


「・・・はい?」


僕の言葉に間をおいてから立ち止まって振り返り、

今何を言ったの君?みたいな顔で僕を見る。


「かっこいいなって。

 もしかしてこれ誉め言葉になって・・・なかったです?」


女性に対してカッコイイ、は確かに失礼だったかもしれない。

そう思えてくるとだんだん申し訳ない気持ちになってくる。

僕がそういう表情をしはじめたからだろうか。


「い、いえ、いえいえ、違うんです。

 そんなこと言われたのは初めてでしたので、

 その、驚きまして・・・」


「・・・」


あたふたと弁明するその女性騎士さんがなんだかおかしくて。

思わず笑ってしまうと、ちょっとムっとした顔をする騎士さん。


「ご、ごめんなさい、

 えっと改めて、僕はマリウス=バーナードです。

 お名前をお伺いしても宜しいですか?」


「あ・・・はい。

 エレナ=クロイツ、

 クロイツ男爵家三女です」


エレナさんはそれだけ言い切るとちょっと困った顔をして、

前を向き直り再び案内を続行する。


それ以後特に会話が発生することはなかったけど、

真面目だけどいい人なんだろうなって思うとエレナさんを見てついニコニコしてしまう。

そんな僕に仕方ないな、とエレナさんが困った表情をしながら。


僕たちはアンジェの部屋の前に到着した。

トントンとノックをしたあと、僕とエレナさんが中へ入る。




はじめて・・・ではないけれど、

薄い桃色を基とした優しい色の部屋に、

部屋着の上に薄い絹を羽織ったアンジェがベッドの上に腰かけて、

少しうつむいた姿で僕とエレナさんを待ち受けていた。


「殿下、マリウス様をお連れしました」


「ありがとう、下がってください」


「御意」


ちらりと僕を見た後、こくりと一礼し、

静かに部屋を退出していく。


うつ向いたままのアンジェにどうすればいいかわからずじっとしていると・・・


「あの・・・マリウス様?」


「あ、うん、どうしたのアンジェ?」


アンジェがぽんぽんとベッドの横を叩く。

とりあえず座って、ということだろうか?


僕はアンジェの横に座り、その横顔を確認する。


なんだか少し疲れているようにも見える。

もしかしたら昨日、眠れていないのかもしれない。


「何か、あったの?」


「・・・」


僕やセレクトが居なくなることが原因、ではないことは分かる。

それなら今頃ここにはセレクトも一緒のはずだ。


少しの沈黙の後、

小さくアンジェが深呼吸をして、意を決したのだろう。

こくりとうなずいて口を開いた。


「私、悪い子です」


「・・・?」


「その・・・先日夜半に目が覚めてしまって・・・」


僕は、アンジェの言葉に耳を傾ける。


先日夜中に目を覚ましたアンジェは、

トイレに行こうと部屋を出る。

ふと話し声に気が付いて、足を止めたのは彼女の兄の部屋。

アルフではなく、その兄。

アルノード第一王子。

その兄と、父親である国王が話していることを聞いてしまったらしい。


その内容が・・・。




「先日、エルボイド公爵より婚約の申請が出された。

 相手はレミエリア公爵令嬢。

 その相手にお前かアルフレッドを希望している」


「はい」


「お前はどう思う?アルノード」


「父上がするべきだと思われるのでしたら受けるべきと思います」


「そうではない」


「・・・?」


「お前は、どう思っているのか、そう聞いている」


「父上がするべきだと思われるのでしたら」


「・・・」


「・・・」


「・・・お前か、アルフレッドとなる。

 お前は、レミエリア公爵令嬢と婚約することに異論はないか?」


「父上に異論がないのでしたら」


「・・・アルノード。

 私はお前に聞いているのだ」


「はい。

 なので父上に異論がないのでしたら」


「お前には自分の意思がないのか!?」


「父上は」


「なんだ!?」


「父上は国王陛下です」


「それがなんだ」


「国王は総てにおいて正しい、そう学び続けました。

 であれば父上の指図に従うことが最も正しい事だと、私は信じております」


「ッ・・・」


「ですので父上がすべきだと思われるなら従います。

 すべきではないと思われるのなら従います」


「お前は・・・

 お前がそのような考え方を続けるのであれば、

 次期国王にお前はふさわしくはない!」


「父上がそうお考えであればそうするべきだと思います」


「く・・・もういい、

 お前は第一王子としてどうあるべきかをもう少し考えよ!」


「はい

 父上が・・・



ここでアンジェは怖くなって足早にその場を離れ、部屋に戻ったらしい。

それからずっとそのことが頭を離れず眠れなかったようだ。


「私は・・・悪い子です。

 聞こえてきたからといって、盗み聞きをしてしまうなんて・・・」


聞いてしまった事。

聞いてしまった行為。

聞こえてきた内容。

その重大さと、その行為による罪悪感に苛まれ、

自分の中で処理がまったく出来なくなってしまったんだろう。

膝においた手が震えながら服を握りしめて皺を作っていた。



こんなことを話せる相手なんて限られる。


最も話しやすい相手であろう双子の兄には話せない。

彼に関わることでもあるから。


当然、父親にも話せない。

盗み聞きなんていうことをしてしまったのだから。


そうなると、

残った相手はたまたま2日間寝どまりすることになった僕かセレクトだろう。


でもセレクトには多分、話せないんだろうと思う。

なにせ、盗み聞きしてしまった事を話すということは、

共犯者として一緒に罪を背負わせるようなことになるから。

まぁ、罪といっても盗み聞きをしてしまった、というものだけど、

きっとセレクトも一緒に落ち込んでしまう。


となれば、そこは気にしなさそうな僕しかいなかった。


本当は僕にも話しづらかったと思う。

結局僕も共犯者にしてしまうようなものだから。

だけど。


「うん、良く分かった」


そう頷く。


「・・・マリウス様、ごめんなさい。

 私、どうしても、誰かに聞いてもらいたくて・・・」


ぽろぽろと泣き出してしまうアンジェの頭を撫でて、

大丈夫、と繰り返し呟く。


少しして落ち着いたアンジェが涙をぬぐう。


「アンジェはついつい聞こえてしまった会話に耳を傾けてしまった。

 そこは仕方ないよ。聞こえてきちゃったんだから」


「はい・・・いえ、ですが」


そこで立ち去っていれば問題はなかった。

何か話しているな、で終わるから。でも。


「だけど、そのまま聞き続けるのはダメだったね」


「あう・・・」


アンジェに盗み聞きしてしまった事は気にしないで大丈夫、と言ったところで

彼女自身がそれを悪い事だと強く認識してしまっている。

聞いた内容の重さも相まってなおさらだ。

だから、ちゃんと悪いところを指摘する。

1つ1つ、絡まって処理できなくなっているものを解きほぐしていく。


「ちゃんとごめんなさいして立ち去れば良かったんだよ」


「で、でも・・・」


「うん、聞こえてしまった内容が分かる前に出来ていれば、ね」


「あう・・・」


そう、盗み聞きを思わずしてしまった事はやっぱり悪い事だ。

なら、それをしてしまったことをすぐに部屋に入って謝罪をすればよかった。


だけど、つい最後のほうまで聞き続けてしまった。


今更謝ることはできない。

というより知っていることを暴露するわけにはいかない。


最低でもレミエリア嬢の婚約相手が決まるまでは。

或いは王位継承の継承順が決まるまでは。


最早アンジェの心の内に閉じ込めておくしかない。


だけど。


彼女1人で秘するには大きすぎるし、間違いなくつぶれてしまう。

だから。

僕はアンジェの手を両手で取り、じっとアンジェの顔を見る。

ちょっと涙で腫れてしまった真っ赤に充血した目を見ながら。


「いい?アンジェ」


「・・・はい」


「これは、僕とアンジェだけの秘密」


「・・・」


「僕たちだけの、誰にも言わない秘密だよ」


「で、でも・・・」


私は悪いことをしてしまった、と続けそうなアンジェを首を振って止める。

そして掴んだ手を目の前に持ってきて。


「いずれ折りを見て僕と一緒にお父さん、国王陛下に謝罪しよう。

 聞いてしまってごめんなさい、って」


「・・・」


「だけど、多分今はしないほうがいい。

 知らなかったことにしておくべきだと、僕は思う」


「そう・・・なの?」


アンジェ自信はまだ完全に会話内容を理解していない。

だからこそ、『重大そうな』内容だと思っても、

本当に重大な内容だとはいまいち理解しきれていない。


だけどアンジェが話を聞いてしまった事を国王陛下が知ってしまえば、

アンジェの身に何が起こるのか予想がつかない。

王家として知られるべきではない内容がありすぎた。


第一王子が国王陛下に依存し過ぎているという事実。


そんなことが知られれば、

傀儡化し放題の第一王子を担ぎ上げる者達が出てくるだろう。

最悪第一王子と第二王子による派閥争いが発生しかねない。

それを危惧した国王がアンジェの口を封じる・・・なんて想像もしたくない。

流石にそこまではしないだろうけど、離宮に幽閉くらいはするかもしれない。


だから。


「僕は誰にも言わない。

 だから約束して、アンジェ」


「・・・はい」


「アンジェも決して、誰にも言わない。

 セレクトにも、アルフにも。

 僕と、アンジェだけの秘密。いい?」


「・・・」


僕がじっとアンジェのほうを見てそう言い切ると、

またアンジェの目が潤みだし、


「おわっ」


僕に抱きついてくる。


「ごめんなさい、マリウスさまぁ・・・

 あいがとう・・・ごめんあさい・・・」


ぎゅうっと僕にだきついて、

僕の胸に顔をうずめて涙で服を濡らすアンジェの背中を撫で

大丈夫、僕はアンジェの味方だからね、と繰り返す。





少しして安心してくれたのか、小さな寝息が聞こえてくる。

どうやら眠ってしまったみたい・・・なんだけど。


「あのー・・・エレナさん、まだいらっしゃいます?」


そう外に声をかけると、

少し遠慮しがちな感じでドアが開き、

僕とアンジェの姿に少し驚きながらも苦笑して部屋に入ってくる。


「すみません・・・その、アンジェをお願いできますか?」


「えぇ、お任せを」


そういってエレナさんがアンジェを僕から優しく引きはがし、

そっとベッドに横にしてくれる。


「・・・聞こえてました?」


「はい・・・決して誰にも漏らしません」


「お願いします。

 アンジェを、守りたいので」


「はい」


僕が呼んだだけで来てくれた以上、

今までの話も全部聞こえてたのだろう。

それでも彼女も味方になってくれるという。

ありがたいけれど、申し訳ない気分になる。


「その、万一の時は僕にそう命じられたと暴露していいですからね」


「・・・そうならないように全力を尽くします」

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