その7 お咎めあり。

騎士宿舎のほうへと向かうと、

騎士たちがダミー人形に向けて打ち込みを行っていた。

先ほどの騎士見習いさんより年上が多く、

逆に騎士見習いさんと年が近い人は一回り小さな、

軽そうな装備をしていてはて?と首をかしげる。

けどここで見学していても仕方ない。

まず騎士団長さんのところに行かなければならない。

下手するともう沙汰が下されて厳罰・・・最悪処罰を食らっている可能性もあるけれど。


「うん・・・?殿下・・・ではないな。

 君はどこの子だい?

 ここは騎士たちの集まる場所だから子供には危険だよ?」


僕に気付いた騎士の一人が歩み寄ってきて僕にそう声をかけてきてくれる。

確かにここには武器とかの危険物があるから、

子供が迷い込んでは万一が起きる可能性が高い。


「僕はバーナード侯爵家のマリウス=バーナードと申します。

 先ほどここにトムさん・・・前国王陛下がいらっしゃったと思うのですが・・・」


僕の言葉に騎士さんは格好を正し、

敬礼をしたあとに謝罪をしてくれた。


「おっと、失礼しました。

 侯爵家の方とは露知らず無礼な発言をお許しください。

 えぇ。確かに前国王陛下がいらっしゃいました。

 それがなにかおありですか?」


「その件は僕に関わる件なのです。

 騎士団長様の所にご案内願えませんか?」


僕のその答えに少し考え、少々お待ちください、

とその場を立ち去り建物の中に入っていく。

騎士団長さんにとりあってくれているんだろう。


いくら侯爵家の子とはいえ、

僕みたいな子供の言葉を聞き流して適当に答えず、

ちゃんと聞いて判断してくれることに僕は内心驚きつつも、

騎士さんが戻ってくれるのを待つ。


少しして、

先ほどの騎士さんと、トムさんが現れた。


「あ、トムさん」


「マリウス坊主!

 よかった、ケガはないか?跡は残っていないか???」


来るなり僕を抱え上げて腕や首元を確認してくる。


「治療医のおかげで大丈夫。

 ヒリヒリも消えたし、もうなんともないよ」


そう言うと険しい表情を崩してほっとした顔を見せる。

普段あまり見せることのない優しい顔だった。


「よかった・・・ほんによかった。

 それで、ここに来たのは?」


「僕も関係者・・・というより被害者だから、

 意見を言いに来たんだけど」


「ふむ・・・」


僕の言葉にトムさんは少し考えた後、


「罰はどういう形であれ与えることになる。

 それを前提に考えて、意見を言えるか?」


僕が彼を無罪放免にしてほしいというだろうことを想定して、だろう。

前もって釘を刺してきた・・・のだろうけど。


「それは僕の意見を参考にする騎士団長さんたちが決めることだよね」


「む・・・違いない」


僕の言葉にトムさんは頷き、

では参るか、と中へと抱えたまま連れて行ってくれることになった。


・・・いえ、あの。

降ろしてくれていいんだけど・・・?




--------------------------



騎士団の館といっても別に無骨な内装をしているわけでもなく、

かといって無駄にきらびやかなわけでもない。

なんというか・・・普通?

ちゃんと掃除も行き届いているんだろう。

配置された置物にほこりが溜まっていることもない。


そして、通された部屋には小さく縮こまって床に座り込むさっきの男の人と、

大きな机をはさんだ向こう側で眉間にしわを寄せて頭を抱えた40代くらいの男性が居た。

多分彼が騎士団長かな?


「トゥルメイル様、彼が?」


「うむ。

 この子が今回の被害者となるマリウス=バーナード。

 バーナード侯爵家の嫡男じゃな」


「このようなむさくるしいところにわざわざ申し訳ない。

 私は王宮直属騎士団の団長を務めるルドルフと申します」


「マリウスです」


僕がトムさんの腕の中でぺこりと頭を下げ、

ルドルフさんも立ち上がって一礼をしてくれる。

慌てて先ほどの騎士さんも立ち上が・・・ろうとしてよろける。


「貴様はいい、座っていろ」


「は、はい・・・」


どうやら長時間座らせられているみたいで、

多分足がしびれてしまってるのかも・・・?


「さて、こちらに来られた理由は理解しているつもりではあるが、

 どういったご用件であろうか?」


「えっと・・・今はどうなっていますか?

 僕がどうなった、ということだけを議題に話されていますか?」


僕の言葉にトムさんとルドルフさんが視線を合わせた後、少し首を傾げ、


「それは、どういう意味であろうか?」


「その、彼のことで1つ確認したいのですが・・・よろしいですか?」


「確認?」


僕はトムさんに降ろしてと手でぽんぽんと腕を叩き、

降ろしてもらった後に先ほどの騎士見習いさんのところへと歩み寄っていく。

僕に近寄られてどういう対応をすればいいのか分からないのか、

呆然と僕を見ているだけの騎士見習いさん。

構わず彼の鎧をぺたぺたと触る。

ちょっとだけ持ち上げてみようと肩当ての部分を持ち上げようとして、

かなりの重量に驚く。

正直僕の力では肩あて1つ持ち上げることもできない。


「あ、あの・・・?」


思わず騎士見習いさんが何をしているのか、と言わんばかりに僕に問いかける。

しばらくそんなかんじでまるで重さを確かめるような僕の行動に、

ルドルフさんもトムさんも、そして騎士見習いさんも黙って見続けていた。


一通り確認した後、僕は騎士団長さんのほうを向き直る。


「あの、彼はいじめでも受けているんですか?」


「・・・なに?」


突然何を言っているんだという発言の僕に、

眉間にしわを寄せながら目を細めて僕を見る騎士団長さん。

トムさんも、彼も僕を驚いた様子で見つめていた。


「マリウス坊主、それはどういう意味じゃ?」


トムさんも僕がいきなり何を言っているのか理解できないんだろう。

首をかしげながら僕にそう問いかけてきた。


「さきほどここに来るまでに騎士さんたちの訓練を見ていたんですけど・・・」


「今は打ち込みをしているところだな」


僕の言葉に何の関係があるのか、

と少しトゲのある声色になっている騎士団長さん。

ちょっと怖い。

でもちゃんと言わないと通じない。

だから僕は内心怖がりつつも表に出さないように踏ん張って言葉を続けた。


「彼に近い年齢の人たちは、もっとずっと軽そうな装備をしているのに、

 なんで彼はもっと大人のひとたちよりずっと重そうな装備をしているのかなって」


「・・・」


「・・・ふむ、そういえば、そうじゃの」


僕の言葉に騎士団長さんも、トムさんも彼の装備を改めて観察する。


そう、彼の身の丈に合うような装備には見えない。

どう考えても重量があるように見える。

そんな装備で危急・・・というほどでもないだろうけど、

その知らせをさせるために走らせるなど、

どこかで倒れてしまったっておかしくはない。


「ランローク」


「は、はい」


「貴様の装備はどうした?

 それはどう見ても正式な騎士用の、しかも騎馬用重装備だろう?」


騎馬用重装備って・・・確か、

自分で歩かずとも問題ないために必要以上に装甲を厚くしたものだったはず。

重装歩兵よりも重量があるって聞いたことあるんだけど・・・。


「それは・・・私用の装備が間に合わなかったから

 これを着ていろと言われまして・・・」


そういえば、確か今日はじめて騎士見習いとして認められたと言ってた。

ならば。


「誰か!」


騎士団長の大きな声に近くに居たのだろう、騎士の1人が部屋に入ってくる。

騎士団長さんが経理班長を呼べと指示を出し、

少しして不機嫌そうな顔をした男性が現れる。


「騎士団長、こちらはまだ仕事が終わっていないのです、

 そう気軽に呼ばれては仕事が進みません」


「確認したいことがある」


「騎士団長?仕事が・・・」


不機嫌そうな男性が更に表情を歪めるも、

その態度に騎士団長さんの表情が一気に強張る。


「二度言わせるな」


「・・・なんでしょう?」


流石に怒らせては不味いと思ったのか、溜息をついてそう返す男性。


「ランロークの装備についてだ」


「はい。それが何か?」


「何故こやつは適正装備が用意されていない?」


呼ばれた男性がランロークを一目見て、すぐ視線を戻す。

なんだそんなことか、といわんばかりの表情で。


「装備が間に合わなかったからですが何か」


「それは本人から聞いている」


「ならそれが答えですが何か?」


早く戻らせろと言わんばかりにめんどくさそうな応対をする男性に、

騎士団長がバン!と机をたたいて立ち上がる。

立ち上がった表紙に机に身体が当たったんだろう。

がらがらと音を立てて筆記用具やカップなどが倒れたり転がったりで床に落ちていく。


「何故このような重装備を用意した!?」


「・・・」


ルドルフさんの怒鳴り声に顔をしかめつつ、

今一度ランロークさんのほうを見た後、はぁ、と溜息をつき。


「それしかなかったからですが?」


「バカを申せ!」


「バカもなにも本当に・・・」


「騎士団の装備は必ず数着は予備を作るように常日頃言っていたはずだな!?」


その騎士団長の言葉に僕とトムさんが同時に男性へと視線を向ける。


「そ、それは・・・」


ルドルフさんのその言葉に流石に男性が顔をゆがめてひきつらせていく。

本当にそう厳命させているんだろう。

それなら彼用の装備が間に合わなくても、同じ装備があるはずということだ。

にも関わらず、彼は騎馬用の重装備を身に着けていたことになる。

そんなもの身に着けていたら走るどころか歩くのだって厳しいはずだ。


でも・・・彼は走ることはできていた。

多分そうとう鍛えていたんだろう。

だからこそあの装備でも身動きは取れていたんだ。

むしろ・・・こんなバカな理由で裁かれるのは勿体ない人だ。


「あの、騎士団長ルドルフさん。

 発言してもいいですか?」


「ッ・・・あ、あぁ、マリウス様、どうぞ」


だいぶあたまに血が回っていたんだろう、

一瞬僕に黙れとでも言いそうになったんだと思うけど、

即座に頭を振って発言の許可を出してくれた。


「彼、ランロークさんはこの装備にも関わらず、

 本当に走って僕たちのところに連絡役をしてくれました。

 この装備って、そんなこと出来るような重量じゃないですよね」


僕の言葉に驚いた様子でランロークさんを見る騎士団長さん。


先ほど重量を確かめて分かったことは、

僕では肩当て1つすらとても持ち上がらない事。

装備なんてしたら絶対につぶれてしまう。それくらいに重い事。

それを10代前半くらいの彼は装備をして、あろうことか走ってきた。

よろよろだったけど。


「それは・・・確かに」


「そんな彼をこんなつまらない理由で裁くなんて、勿体ないと思います。

 相当訓練を積んで苦労し続けていたんでしょう?

 騎士になるために。この国を守るために。ですよね?」


僕が彼の顔を覗き込んでそう確認すると、

みるみるうちに両目に涙があふれてきて、小さくこくりと頷く彼。

本当に苦労してきたんだろうなぁ・・・。

いたたまれなくなって彼の頭をぽんぽんと撫で、

大丈夫、絶対その苦労無駄にはさせないから、と小さく呟き。


「問題はこのような装備を与えた側です。

 それがなければ僕は熱湯を浴びることもなかった。

 そうですよね」


僕は彼を守る決意を抱いた。

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