08 自覚と羞恥

 ちょっと長く入り過ぎたかもしれない。と、くらくらする頭を押さえて、私は隅々まで体が綺麗になっていることを確認してから、かごの部屋へと戻って来ていた。


 そこには、これで拭くということなのか、布切れが置いてある。

 少し匂いを嗅いでみたが、清潔そうだったので、それで体を拭いて服を着た。


 用意してあった服は彼のものだけあって、男物でぶかぶかだったので、少し考えた後、上の服の裾を絞って結び、下の服を押さえる形にした。

 ……少し心もとないものの、仕方ない。この汚れた服をまた着るわけにはいかない。そう思う程度にはそれは臭いを放っていた。


「……確かにこれはちょっとキツいわね」


 体を綺麗にした今なら、これがどんなシロモノなのかがよく分かる。

 それでも、水浴びはしていたのだけれど、服は取り替えられなかったから。


 でも、よかった。おかげで、女の尊厳は保てた気がする。

 ……これまでのことは忘れよう。無かったことにはできないけれど。



 少し悶々もんもんとしつつ、小部屋から出る。


 そこには、彼がこくりこくりと頭を揺らしながら、壁を背にもたれていた。

 どうも、半分ほど夢の世界へと旅立っているようで反応が無い。


「……ふふ」


 思わず笑みが浮かんでしまう。同じぐらいの年頃の、それも異性の寝顔なんて初めて見たけれど、それはとても可愛らしいもので、つい声が漏れてしまった。気が抜けていて、口の端からよだれのようなものが垂れている。

 思えば今日はたくさんの出来事があった。


「……はっ すまんねてたいまなんじ?」


「さて、それは分からないけれど。大丈夫?眠たいの?」


「あ、あぁ。いや、まぁ、うん」


 要領を得ない答えを返す彼は、どう見ても寝ぼけていた。

 私は彼が完全に覚醒するまでしばらく待つことにした。




 起きたら目の前に天使がいた。

 もしかして、エアボードの調整ミスって天に召された?と思いつつ、彼女が上がるまで部屋の前で待っていたことを思い出す。そうか、寝ちまったんだ。


 つまり、天使だと思ったのは風呂上りの彼女で。


「えっ マジ?」


「……まじ…?」


 俺、この天使みたいな美少女と一つ屋根の下すんの?と自問自答した。

 バッチリ目が覚めた。それはもう、これ以上なく。


 くすんだ金髪は綺麗な金髪で、背に垂れてシャツを湿らせている。

 瞳は綺麗な青、吊り気味の目に、小さめの眉、顔は小さく、その性格からしても典型的縦ロールお嬢様って感じだ。

 体格は小さくて背も低めだが、出る所は出ていて括れもあり、その体つきは男物の服の上からでもはっきりとよく分かる。


 サバイバルで汚れたお嬢様を丸洗いしたら美少女が出てきた。

 それもよくあるスレンダーなタイプじゃなくて、ムチムチなタイプだ。

 なんで今まで気付かなかったんだ?服か?臭いか?


 ついでに風呂上りバフで、ほおは上気し、ひとみうるんでいるように見える。

 そんな彼女が、背丈差で下からのぞき込んでくるのだ。たわわな胸元がヤバい。

 これなんてお預け?確実に夢に出るだろ。


「本当に大丈夫?顔が赤いわよ?」


 しかも心配されてる。最高かよ。……最高かよ。


「あ、あぁ。湯加減はどうだった?」


「良かったわ。……その、ありがとう」


 そのありがとうにありがとうだわしょーい!

 俺のテンションは振り切れた。夜はまだ始まったばかりだ。


 じゃない。

 俺は思わず両手で頬を張った。

 え、あの、と戸惑う彼女を置いて3回目ぐらいで正気に戻った。


 ふぅ、危なかったぜ。


「ど、どうしたの急に」


「悪い。ちょっと俺の中の欲望が、いやなんでもない」


 正直に答えそうになって誤魔化したが、これはバレたかな。

 いや、バレてもいいや。今を乗りきれたら。また眠くなってきたし。


「そ、そう。それならいいんだけど」


 そう言って彼女は濡れた布を渡して来た。これ何?

 そう思ってコンマ数秒で気が付いて、理性を総動員した。


 クソ、また試練か。何だこの無自覚お嬢様は。新手の拷問ごうもんか?

 そう思いつつ、無心で対応する。


「部屋は……あー。好きなところ使ってくれって言っても分からんか。案内する。ちょっと待っててくれ」


「うん。あ、オーンはふろ?はいいの?」


「俺はもう湖で綺麗にしてきたから。気にする必要は無いぞ」


 俺はそれだけ言って、洗濯場へと引っ込み、俺の服と濡れた布切れを入れっぱなしだった浄化の水に浸して、すぐに彼女の下へと戻った。

 おれのりせいがすりきれるまえに俺の理性が擦り切れる前にかのじょをねどこにぶちこまねば彼女を寝床にぶち込まねば


 その後、ベッドが無いことに気づき、俺の部屋(と言っても1日寝泊りしただけの部屋)にぶち込み、俺はその隣室でベッドを作る気力が無く、即席ベッドで寝た。

 それはもう、ぐっすりだった。




「………ん」


 朝、眩しくて目が覚める。あたたかな日の光に微睡まどろみ、またまぶたを閉じかけて。

 ハッとして体を触る。服は……大丈夫。昨日結んだ位置で結ばれたままだった。


「……」


 ほっとしたような、残念なような気分になる。いや、今にも寝そうになっていたし、それも当然だろうか。


 昨日、彼が顔を真っ赤にしていたことを思い出す。あの時は気付かなかったけれど、寝床に入って気が付いた。あれはどう見ても、私の姿を見て顔を赤らめていたのだろう。


 私もあの後、自分の姿を見直して羞恥のあまり悶絶した。

 これでは痴女ではないか、と思うものの、それは服を貸してもらった手前言えない。きっと彼も深く考えていなかったのだろう。眠そうだったし。


 だから、昨日は寝入るまでに結構な時間が掛かった。

 実は少し、彼を待ってもいた。今はただのアナンタなのだ。それぐらいされても良いと言う自分と、いや、まだダメだと言う自分に挟まれて、気が付けば寝入っていた。


 ……これからどんな顔をして彼に会えばいいのだろう。と、そう思いつつ、少し乱れた服を整えて部屋の外へ出た。



 お屋敷はそのほとんどが空室のようだった。万能に見える彼でも、内装はまだだったらしい。そうやって探索していると、廊下の向こう側から彼が歩いてくるのが見えた。彼は手を上げてこちらに挨拶すると、そのままゆっくりと歩いてくる。

 逃げるわけにもいかないので待っていると、私の後ろを指さした。


「そこに談話室があるんだ。と言っても、まだ机と椅子ぐらいしかないから、ただの小部屋だけどな。そこでちょっと話をしよう。これからどうするのか、って話だな」


 そう言いながら、彼は通り過ぎる。まるで昨日のことが無かったかのようなふるまいに、少しの安心と、よく分からない感情を覚えた。


 私がその気持ちに戸惑っていると、彼、オーンは言った。


「ああ、それから、ようこそ、俺の屋敷へ。歓迎するよ、アナンタ。

 俺を除けば初めての入居者になるか……これからよろしくな!」


「ええ、その……よろしく、オーン」


 突然の歓迎に、そう言って思わずはにかむと、彼は少し頬を染め、慌てた様子で前を向いた。なんだ、忘れてしまっていたわけではないのね。


 それが分かると、なぜだか少し、気持ちが軽くなった気がした。


***

※このお話のアナンタのイメージ画像を作りました。

 以下URLから見られます。

 https://kakuyomu.jp/users/gumisuki59/news/16817330664585422021


※興味の無い方は飛ばしてどうぞ。

 これにてヒロインの章は終わります。

 次からは幕間を挟み、少し日常編が入ります。

 主に忘れられた洗濯と食事周りのお話。

 他に特に案が無ければ、次の登場人物の話に入ろうと思います。


 これからも拙作をどうぞよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る