第五の男、登場⁈

「おはようございます。クラリスさん」


「アリス様。おはようございます」


 新年度がスタートしてから十日も経つ頃には、クラリスとアリスの二人が仲良く並んでS階に向かうのは、学園の朝の当たり前の風景になっていた。

 クラリスにしか向けない女神の笑顔を一目見ようと、あるいは天使のような特待生の笑顔を一目見ようと、少し離れた所から他の生徒達が遠巻きに見守っているのもいつもの光景だったが、その日の朝は少し様子が違っていた。




「クラリス!」


 向こうから大きく手を振りながら駆け寄ってくる、大柄な男子生徒がいた。


「…どなたかしら…?(私のクラリスちゃんを)気安く呼び捨てになさるなんて…」


「さあ…(急に寒くなったのは気のせいかな?)」


「クラリス!久しぶりだな!ようやく会えた!」


 男子生徒は無遠慮にクラリスに近づくと、その小さな手を両手で握りしめてぶんぶんと上下に振った。


「…っな!」


 途端にアリスが般若の様相を見せるが、男は隣のアリスが目に入らないようで、真っ直ぐクラリスだけを見つめている。


 ウィルやエラリーにも負けないぐらいの長身で、がっちりとした体つきのワイルド系イケメンだ。ペールブラウンの瞳が人懐っこく微笑んでいる。


「…え?もしかして、ポールお兄ちゃん?」


 あまりのことに、しばらく呆気にとられていたクラリスだったが、やがて、男の顔をマジマジと見つめて呟いた。


「そうだよ、俺だよ、ポールだよ!ようやく帰ってきたんだ!会いたかった、クラリス…!」


 そう名乗った後、感極まったかのようにクラリスを引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。


 それを見て、隣でフリーズしていたアリスがハッと我に帰り、慌ててポールと名乗る男の腕の中からクラリスを奪還する。


「あなた!いきなり何ですの!女性に対して失礼ですわよ!」


「ア、アリス様!この人は私の幼馴染のポールお兄ちゃんです!小さい時にうちのお隣にいた人です!」


 アリスに抱き込まれ、顔を真っ赤にしながらクラリスが弁明する。


 ポールはそこでようやくアリスの存在に気づいたようで、ニコッと笑うとアリスに向かって右手を差し出した。


「朝から驚かせてしまって悪かった。俺はポール、クラリスとは古い知り合いなんだ。久しぶりの再会で興奮し過ぎてしまった」


「…私はクラリスさんの親友のアリスと申します」


 アリスは渋々ポールの手を握り返し、挨拶を返すと、クラリスの手を引いて一目散に歩き出した。


「さあ、クラリスさん、早く行かないと、授業が始まってしまいますわ」


「あ、もうこんな時間!すみません、私のせいでアリス様のお時間を奪ってしまって」


「そんなに慌てなくても、まだ充分間に合うから大丈夫だよー」


 アリスに手を引かれ教室に向かうクラリスと並んでポールも歩く。そんなポールに、アリスは(ついてくるな!)と威嚇するが、ポールは全く気にも止めず、ニコニコしながらクラリスの鞄を持ち上げる。


「ずいぶん重い鞄だな。教科書全部持ち歩いてるのか?」


「う、うん、空いた時間にいつでも勉強できるように、と思って。それより、ポールお兄ちゃん、いつこっちに戻ってきたの?おばさんは元気?」


「ああ、母さんは隣国で幸せに暮らしているよ。今回は俺だけこっちに帰って来たんだ」


「どうして一人で?」


「そりゃ、もちろんクラリスに会うために決まっているだろ」


「へ?」

「…⁈(私のクラリスちゃんに何を…⁈)」


「隣国にまで、クラリスの噂が聞こえてきたぜ。カリーラン王国にはとても優秀で天使のように愛らしい平民の娘がいるって。それでその噂の元を辿ったら、この学園に行き着いたんだ」


「いや~、大変だったんだぜ~、この学園のSクラスに編入するのは。めちゃくちゃ勉強したよ」


「え、ポールお兄ちゃんもSクラスなの⁈」


「そう!学年は二つ違うけど同じ階だろ」


 と話すうちに三人はS階に到着し、ポールはクラリスの席を確認すると鞄を置き、クラリスの頭をひと撫ですると、ニコリと笑って手を上げた。


「じゃあな、クラリス、また昼にな!」


「あ、うん、鞄ありがとう」


 手を振って颯爽と去って行くポールの後ろ姿をみつめながら、クラリスは久々の大混乱状態に陥っていた。


 そして、その隣でアリスは威殺しそうな眼でポールの背中を見つめながら、ギリギリと歯を食いしばっていた。





「「…え?攻略対象者、増えた…⁈」」

 

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