第18話 遭遇

 


 時間が経つごとに混乱を極める街は、至る所で騒ぎが起きていた。

 モンスターが溢れ出す街から逃げようと、長い渋滞を作る車の群れ。鳴りやまぬサイレンと、深夜にも関わらず非常事態を知らせる街頭放送。

 空を飛び交うテレビ局の中継用ヘリコプターや、自衛隊の輸送機。出現したモンスターを倒してやろうと目論む、包丁やバットといった武器を携えうろつく若者。

 怒号と悲鳴。ガラスの割れた音。アスファルト舗装を濡らす赤い血。そして死体。

 夜の街には見知らぬ生き物の鳴き声が轟き、銃器の発砲音が響き渡る。


 世界は変わった。


 そう、はっきりと実感できるほどの変化が、夜の街には生じていた。



 警察官と別れた明は、モンスターの出現で騒ぐ街を駆け回り、現れたクエストの進行と自分自身のレベルアップをするため、まずは自分一人だけでも戦うことが出来る、単独のゴブリンを探し続けていた。

 二人の警察官が、その後どうなったのかを明は知らない。

 時間が経って戻ろうかとも考えたが、そんな気分にもなれなかった。

 人を殺したモンスターが、その後に何をしているのかを、明は前世の経験から知っていたからだ。


 ――あの時。彼らの犠牲が無ければ、今この瞬間、自分はこの場にいなかったかもしれない。

 だからなおさら、彼らに生かされたこの命を今回は無駄にするわけにはいかない。

 そう、明は考えて、必死にゴブリンを求めて夜の街を駆け回っていた。



「…………ッ、くそッ! またかッ!!」



 数十メートル先の路地にふらりと現れたその姿に、明は舌打ちと共に言葉を吐き出して、素早く身近にあるブロック塀の陰に姿を隠した。

 それからゆっくりと、明は身を隠したブロック塀の陰から路地の様子を窺う。


(……あれは、イノシシか?)


 明の目の前に現れたもの。それは、三メートルはあろうかという大きな身体を持つイノシシ型のモンスターだった。人の身体などいとも容易く串刺しに出来そうなほどの長い牙が特徴的で、茶色い剛毛にその身体が覆われている。

 数は三匹。親子連れなのか、三メートルを超える体躯を持つのは一匹だけで、連れそうイノシシの大きさはその半分ほどだ。

 明が様子を伺っていることに気が付いているのか、いないのか。イノシシ達は、フゴフゴと鼻を鳴らして周囲を一度見渡すと、すぐに興味を失ったように顔の向きを変えて、ゴミ捨て場を漁り始めた。

 どうやら、奴らは餌を探しているらしい。

 イノシシたちは路地いっぱいにゴミ袋の中身をぶちまけると、その中から食べられそうなものを探してくちゃくちゃと咀嚼し始めた。

 明は、イノシシ型のモンスターが餌に夢中になったことを確認すると、そっとその場を離れた。


(くっそ……。こっちはゴブリン一匹を倒すのもやっとなのに、どんどん新しいモンスターが現れ始めてる)


 明がこれまで見かけたモンスターは、ゴブリン、人の頭ほどの大きさがある蜂型のモンスター、そして今見つけたイノシシ型モンスターの三種類だ。ゴブリン以外のモンスターとはまだ戦ってもいないが、だからと言って策もなく挑むことなど出来るはずもない。

 そもそも、ゴブリンですら気が抜けない相手なのだ。ならば、モンスター全てが今の自分よりも強敵だと思った方がいい。

 そう考えた明は、探索中に群れているゴブリンやその他のモンスターを見つける度、すぐに隠れるか、その場から逃げ出すことを繰り返していた。


(今のところ、ミノタウロスには出会ってないけど)


 走りながら、明は心の中で呟く。

 幸いにも今回はまだ、ミノタウロスに出会っていない。ミノタウロスと出会えば最後、抵抗する間もなく殺されることは、これまで二度の人生で経験済みだ。動きも追えず、さらには一撃で身体の半分が吹き飛ばされたことを考えるに、ミノタウロスは確実にゴブリンよりも強者であることは間違いないだろう。


(ひとまずアイツと出会えば即、ゲームオーバーだと思った方が良いな。言ってしまえば、歩く死亡フラグってところか)


 明はそう考えると、大きなため息を吐き出した。



(――ッ、いたッ!)



 それからしばらく経ってからのことだ。

 数匹の群れるゴブリンを避けて、街の中でも家屋が多く並ぶ住宅街へと足を踏み入れた頃。静まり返った民家の庭先で、のんきにも欠伸を嚙み殺している一匹のゴブリンを明はようやく発見した。


(静かだな。ここらの住人は、全員避難したのか?)


 心で呟き、明は息を潜める。そして、じっと物陰からそのゴブリンの様子を観察する。


(……武器は、棍棒か)


 棍棒タイプのゴブリンならば、石斧や刃物を持つゴブリンに比べて危険性は少ない。

 前世でも一度相手をしているモンスターだし、油断さえしなければ問題はないはずだ。


(周りに他のゴブリンは居るか?)


 静かに、息を止めて。

 明は、前世で不意を突かれた経験から、周囲の気配を探る。



 ――――物音はない。



 どうやら、近くに居るのはこのゴブリンだけらしい。


「…………よし」


 気合を入れるように声を出して、明はリュックから包丁を取り出すとその柄を強く握りしめた。

 そしてゆっくりとゴブリンの背後へと近づいて、一度息を止めると、一気にその切先をゴブリンの延髄に向け、突き刺した。

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