第2話 栞とピアノの調べ『月光』
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きゑと作之助は銅鏡と剣を所持して、トボトボと歩き始めていた。
作之助の家のある浜松町、芝方面に向かっていたのだ。
日暮里を出て、谷中を過ぎると緑が深くなる。ちょうど上野のお山のすぐ脇に差し掛かったあたりで、ピアノの音色が聞こえてきた。誰かが弾く、美しく穏やかな調べ。皆が樹木に変わってしまった帝都の街に響いていた。
「ピアノの音だ」
「本当」
作之助の言葉に相づちをうつきゑ。
「人間がいるって事だよね」
きゑは無言で肯く。
閑静な住宅街が続く本郷に続くこの一本道にピアノの音だけが穏やかに響いていた。
「ベートーベンの月光、第二楽章ですね」ときゑ。
「知ってるの?」
「わりと知られた曲ですよ」と言う。
「そっか、音楽の授業時間、居眠りばかりしていた僕はダメな人だ」と頭をかく作之助。
垣根越しに小さな洋館が見える。開業医の家のようだ。『
そのピアノの弾き手は、のぞき込む二人の姿を見て演奏を止めた。
「あなたがた、人間!」
そう言ってきゑたちの姿を見るなり、ピアノ弾きの洋装の女性は脇にあった勝手口から女物の下駄を引っかけると二人の前に走ってきた。
「生きている人間に出会えた」と言ってからその女性はきゑの方に寄り添い泣き崩れる。そしてその場にしゃがみ込んだ。
「僕らもそう思って来たんだ」
「ピアノを弾いていれば、誰か残った人が気付いてくれると思ってずっと弾いていたの」と言う彼女。
「うん」
「君は誰? 僕は作之助。東京府立の実業学校の学生だ」
「私は
「じゃあ、すぐそこの音楽学校に通っているんだ」
「うん」
「僕よりちょっとおねえさんだね」
「そんなに変わらないわ」と困った顔をする栞子。
「それはそうと君の家、どうして垣根の角にほこらがあるの」
作之助は生け垣で囲まれた彼女の家の敷地の角に石で作られたほこらがあることに気付く。
「ああ、あれはおじいさまの遺言で家の敷地の四隅に祠を作って、四神を祀りなさいと言われたのよ」
「四神って、
「ええ」
「それと生き残ったことに何か関係があるのかな?」
作之助の言葉に、
「私が助かった玄関も四方にお札が貼ってあったの」と加える。
「うーん」と顎に拳を当てて悩む作之助。
そこできらりと光る何かを栞の髪の合間に見た作之助。それを訊ねる。
「それと、君の頭に髪飾り、組紐があるけど、そこにぶら下がっているの何? ずっと揺れているけど」
「えっ?
「あら何かついているわ。本当に」と言って組紐をほどく。まとめていた長い髪がふわりと落ちてしまう。
その手に残ったのは組紐に絡まっている一対の勾玉だった。
「勾玉?」
栞は不思議そうだ。自分のモノではないと言った顔である。
「僕も気がつくとこれを持たされていたんだ」
そう言って銅剣を見せる。
「私も、これ」
同時にきゑも銅鏡を見せた。
「天子さまの持つ三種の神器と同じアイテムになっているわ」と栞。
「そうだね、これらを僕たちに持たせて、何の意味があるんだろう?」と作之助。
三人は暫く各々のアイテムを見つめていた。
ふと、栞が、
「お二人はこれからどこへ?」と訊ねる。
「ああ、僕の家が芝にあるのでそこに向かって歩いていたんだ。僕の家がどの様になっているかを知ることで、この世界が一体どういう了見でこんな作り話を具現したようになったのかを少しは理解できるのでは、という確認をしたかったんだ」
「私の家の前で作之助さんが私を探してくれたの? 誰かいないか、って大声で問いかけて」
「そうだったのね」
頷いた後で栞は提案する。
「私もご一緒して良いかしら?」
「もちろん」
笑顔で、きゑと作之助は応える。
「良かった。凄く心細かったのよ」
そう言って栞は玄関先で、日傘と鞄を手にすると出かける準備を始めた。
きゑと作之助は銅鏡と剣を所持して、トボトボと歩き始めていた。
作之助の家のある浜松町、芝方面に向かっていたのだ。
日暮里を出て、谷中を過ぎると緑が深くなる。ちょうど上野のお山のすぐ脇に差し掛かったあたりで、ピアノの音色が聞こえてきた。誰かが弾く、美しく穏やかな調べ。皆が樹木に変わってしまった帝都の街に響いていた。
「ピアノの音だ」
「本当」
作之助の言葉に相づちをうつきゑ。
「人間がいるって事だよね」
きゑは無言で肯く。
閑静な住宅街の本郷へと続くこの一本道に、ピアノの音だけが穏やかに響いていた。
「ベートーベンの月光、第二楽章ですね」ときゑ。
「知ってるの?」
「わりと知られた曲ですよ」と言う。
「そっか、音楽の授業時間、居眠りばかりしていた僕はダメな人だ」と頭をかく作之助。
垣根越しに小さな洋館が見える。開業医の家のようだ。『
そのピアノの弾き手は、のぞき込む二人の姿を見て演奏を止めた。
「あなたがた、人間!」
そう言ってきゑたちの姿を見るなり、ピアノ弾きの洋装の女性は脇にあった勝手口から女物の下駄を引っかけると二人の前に走ってきた。
「生きている人間に出会えた」と言ってからその女性はきゑの方に寄り添い泣き崩れる。そしてその場にしゃがみ込んだ。
「僕らもそう思って来たんだ」
「ピアノを弾いていれば、誰か残った人が気付いてくれると思ってずっと弾いていたの」と言う彼女。
「うん」
「君は誰? 僕は作之助。東京府立の実業学校の学生だ」
「私は
「じゃあ、すぐそこの音楽学校に通っているんだ」
「うん」
「僕よりちょっとおねえさんだね」
「そんなに変わらないわ」と困った顔をする栞子。
「それはそうと君の家、どうして垣根の角にほこらがあるの」
作之助は生け垣で囲まれた彼女の家の敷地の角に石で作られたほこらがあることに気付く。
「ああ、あれはおじいさまの遺言で家の敷地の四隅に祠を作って、四神を祀りなさいと言われたのよ」
「四神って、
「ええ」
暫く考え込んでいる様子の作之助。そしてきゑが「結界?」と首を傾げる。
「四神と僕たちが生き残ったことに何か関係があるのかな?」
作之助の言葉に、
「私が助かった玄関も四方にお札が貼ってあったの」と加える。
「うーん」と顎に拳を当てて悩む作之助。
そこできらりと光る何かを栞の髪の合間に見た作之助。それを訊ねる。
「それと、君の頭に髪飾り、組紐があるけど、そこにぶら下がっているの何? ずっと揺れているけど」
「えっ?
「あら何かついているわ。本当に」と言って組紐をほどく。まとめていた長い髪がふわりと落ちてしまう。
その手に残ったのは組紐に絡まっている一対の勾玉だった。
「勾玉?」
栞は不思議そうだ。自分のモノではないと言った顔である。
「僕も気がつくとこれを持たされていたんだ」
そう言って銅剣を見せる。
「私も、これ」
同時にきゑも銅鏡を見せた。
「天子さまの持つ三種の神器と同じアイテムになっているわ」と栞。
「そうだね、これらを僕たちに持たせて、何の意味があるんだろう?」と作之助。
三人は暫く各々のアイテムを見つめていた。
ふと、栞が、
「お二人はこれからどこへ?」と訊ねる。
「ああ、僕の家が芝にあるのでそこに向かって歩いていたんだ。僕の家がどの様になっているかを知ることで、この世界が一体どういう了見でこんな作り話を具現したようになったのかを少しは理解できるのでは、という確認をしたかったんだ」
「最初、作之助さんと知り合ったのは、私の家の前で作之助さんが私を探してくれたの? 誰かいないか、って大声で問いかけて」
「そうだったのね」
頷いた後で栞は提案する。
「私もご一緒して良いかしら?」
「もちろん。何もなくなったこの世界で出会った人間同士、お互いの知恵を持ち寄ろう」と作之助。
そして笑顔で、きゑと作之助は頷いた。
「良かった。凄く心細かったのよ」
そう言って栞は玄関先で、下駄から靴に履き替え、日傘と鞄を手にすると出かける準備を始めた。
「みはしらのうずのみこ」が願う帝都ものがたり 南瀬匡躬 @MINAMISEMasami
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