家族との付き合い方

死んだら先輩のそばにいられないから。

ただそれだけの理由が僕をこの世に繋ぎ止めているのだ。

先輩がまた独りぼっちになってしまう。

また、孤独になってしまう。

僕だって不死身な訳では無いから。

いつか死ぬけれど、それでも、限りある命の中で先輩の傍にいたい。

そばにいて、この命が尽きるまで隣で過ごしていたい。

そう思えるくらい好きだから。

だから死ねない。

絶対。

扉の前に立つ。

吸って、吐いてを繰り返す。

こんなの全然怖くない。

相手は魔物なんかじゃない。

ただの、人間だ。

悪意に飲まれてても、怖くても。

それでも相手は人間なんだから。

剥き出しとなっている急所を刺すだけで死んでしまうんだから。

家族くらい乗り越えなきゃ、隣になんていられない。

これくらい、なんだっていうんだ。

すぐに死ぬような命なら、だめだ。

すぐ負けてしまうようであれば。

理久を思い出す。

強力な魔力、圧倒的な強者。

あんなのに比べたら、家族なんて怖くないような気がして。

この恐怖を飼い殺せるようにしなければ。

きっと隣に立つ資格はないような気がして。

「皆さんお久しぶりです。僕に何か御用ですか?」

そう言って、作り笑いを顔に張り付けた。

どうせそんなのにすら気が付かないんだから。

僕がどんな顔をしていようが関係ないでしょう?


久しぶりに見る家族の顔は、何だか老けて見えた。

ずっと見ていないからだろうか。

一瞬誰がここにいるのかわからなくて、首を傾げた。

こちらを見る視線は珍しい物を鑑賞するようなもので。

それに少し吐き気を覚えながら笑顔のまま歩く。

いつの日か教えられたマナーに沿って席に着く。

音を立てないように行動して。

目の前に並ぶ豪華な料理の数々。

色とりどりで、湯気が立っている。

作りたてなのだろう。

そのどれを見ても食欲が湧かなくて。

むしろどんどん失せていくような気がする。

(先輩と食べたサンドウィッチの方が良いや)

なんて思ってしまった。

作ってくれた人たちには申し訳ないけれど。

そして、先輩に食べさせたらどんな顔をするのだろうと思った。

きっと嬉しそうに頬張るんだろう。

こんなに沢山の料理食べていいの!なんて驚いて。

それから恐る恐るといった感じで食べ始めて。

美味しいって言ってから目を輝かせながら口に詰め込み始める。

僕は隣で急いで食べたら詰まりますよ?なんて言って水を注いで渡す。

日の当たる場所で食べたいな。

そんなあり得ない妄想が頭の中を通り過ぎて行った。

いただきます、と言って食事を始める。

まるで儀式のような、異様な雰囲気を纏った食卓で。

美味しいはずの料理は、なぜか味がしなかった。

いつもの事だ。

気が付いたら、僕の舌は味を感じなくなってしまった。

けれど、それは家族の前だけで。

先輩と食べる時は美味しいって感じるのだ。

慣れてしまった味のしない物質を口の中に詰める行為。

まるで儀式みたいだ。

食事という名目の。

本当に生きる為だけに行う行為。

本当にそれだけ。

それ以外の意味なんて一切持たないのだから救いがない。

先輩なら、美味しいと言って笑顔で食べてくれるかな。

その様子を見ながら、僕も食事をしたら、美味しいと感じられるのかな。

この味のしない料理も、全部。

さっきの妄想を思い出す。

幸せそうだな。

そうなったら本当に幸せなんだろうな。

そうなればいいのに。

「今日そなたを呼び出したのは縁談についてよ」

母がそう言う。

こちらを見下すような視線を投げかけながら。

縁談についてか。

想定していなかった。

少し早すぎるような気がする。

まだ僕十二歳なんだけれど。

まぁ、でも僕の使い方としては最善なのかも。

僕の能力は鎖。

敵を縛る事しか出来ない能力、という事しか伝わっていないから。

それだけが伝わるように上手く調整するのは意外と簡単だった。

鎖に関しては本当にそれだけだ。

これからもっと違う使い方も模索するけど。

だけれど、戦闘能力全般、となれば話は別だ。

アテネの使用できる魔法、戦闘時のスキル全般は僕に一つ残らず共有されている。

多分、相当強くなっていると思う。

この国の人間であれば僕に勝てないくらいに。

まだ難しい物も多数あるけれど、時が経ち、体が追い付けば、全然可能とアテネに言われた。

アテネにしては珍しく褒めるなぁと思ったりした。

「先日、人魚の国から縁談があったの。あそこ、金の産出国として今、有名になってきているし、良い機会だからそなたに」

「嫌です」

写真を見る前に答えは決まっていた。

というか、写真を見る意味なんてない。

嫌に決まっている。

僕には先輩という愛してやまない人がいるんだから。

僕に縁談が回って来たのは、兄達はすでに嫁がいるし、僕と双子の兄弟の美空しか婚約していない男がいないから。

たったそれだけの理由でしょう?

しかし、美空は歌による強力な支援が出来るから他国に渡すわけにはいかない。

それに次期国王候補だ。

一応他の兄たちも候補には上がっているが、美空で確定しているようなものなんだから。

その事は兄達も理解しているようで、たまにその件で当たられた。

なので、僕に矛が向いたのだ。

僕であれば、他国に出したって問題ないなんて思われているから。

そりゃそうだろうな。

だって僕は美空みたいに支援できるわけでもないし。

僕は所詮戦力カウントなのだから。

戦において兵がどれだけ死のうが王が生きていればそれでいい。

そして勝利できれば。

兵なんて腐るほどいるのだから。

その内の一つくらい減ったってなにも思わない。

つまりはそういう事なのだ。

本当に腐っているなぁ、と思う。

とはいえ、僕だってこのままよく知らないやつと婚約させられて、結婚するなんて嫌で。

僕は先輩と結婚したいわけで。

「僕には好きな人がいるんです。僕はその人と将来一緒になりたい。…、本気で好きなんです。この想いを、感情を手放すつもりはありません」

「その好きな人とは呪い子の事か…。なら、この娘はどうだ?」

それは、先輩に姿だけ似た人魚だった。

オッドアイに黒髪。

外見だけ似てようが、中身まで先輩そっくりなわけではなくて。

見かけだけのコピーなんて無駄なんだよ。

それは僕が身を持って知っていることだ。

「アテネ」

あぁ、またあの時の記憶だ。

アテネの記憶なんてないはずなのに。

僕の顔をみてアテネなんて言って。

泣いて。

薬指に輝く指輪が忌々しくて。

ぐちゃぐちゃな感情をナイフ代わりに先輩に突き立てることが出来たらどれだけ楽になれていたのだろう?

なんてことを思う。

その娘を先輩の代わりにしろと言うことか?

先輩の代わりに愛せと。

それって、偽物同士がお似合いだなんて言う皮肉がわりですか?

僕は怒りを込めて手を握りしめた。

すごく馬鹿にされている気がする。

僕の、この想いを。

爪が手のひらに食い込んで、痛い。

あぁ、痛い痛い痛い痛い痛い。

頭に一気に血が上る。

あぁ、頭が痛い。

「ふざけるのも大概にしてください。とにかく、僕は結婚しません」

そう吐き捨てるように言って、部屋を出る。

胸の中に溜まった不満をぶつけてやるつもりで、大きな音をわざと立てて部屋からでた。

あぁ、イラつく。

心の中に黒い汚れがべったりとついているような感覚だ。

部屋から出て、自室へと続く廊下を歩きながら、そう思う。

あいつらに会わなければよかった、という感情に苛まれている。

あと少しで着くという所で、突然服をつかまれた。

その先に進ませるのを妨害するように。

振り返ると美空がいた。

意思の強そうな青い瞳がこちらを見抜く。

「…、なぁ、颯太。お前の好きな人って…」

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