アテネに対する対抗心

アテネと対抗するにはそれこそ超人だとか、神だとか、そういう域に達しなければいけないのだ。

そんな事は簡単にできないし。

だから努力しているし。

でも、その努力だって、アテネがしたらもっともっと上へいってしまうんだろうなと思うと無意味に感じて時々泣きそうになる。

コンコン、と扉が叩かれる。

はい、と短く返事をする。

「颯太様宛に手紙が届いております」

差出人は、と聞くと、お父様とお母様からだと言われた。

入れてください、といった。

その後手紙が差し込まれた。

柔らかな紙だった。

近寄って差出人を確認すると、父と母の名があった。

嘘だと思いたかった。

使用人が間違っている可能性を少し祈っていたが、無駄だったようだ。

今日は家族で食卓を囲むらしい。

いつも僕を抜いて囲んでいるくせに。

今日はって、なんだか嫌みな気がする。

いつも囲んでいないなら正しいけれど。

いつも僕を抜いて囲んでいるのに今日に限って、だとかそういう書き方はやめて欲しい。

僕をなにも知らない子供だと思っているのだろうか?

実際子供だけど、なにも知らないわけではない。

きっ僕の呪いが解けたと最近噂になっているから確かめるために呼ぶだけだろう。

だからリビングに顔を出せと。

特に何の感情も抱かなかった。

そうか、とだけ思った。

家族に対して冷めているなとは、自分でも感じる時がある。

だけど仕方がないと思う。

それくらいの事はされているはずだから。

幼い頃に共に同じ食卓に一度だけついて、それきり。

その間も、ずっと悪口を言われながら。

食事がうまく喉を通らなくて。

なんだか味がしなかった。

部屋に戻って泣いた。

泣いたあとに気持ち悪くなって、慌てて手洗い場に行って、吐いた。

さっき食べたものが流れているのを眺めながら、泣いていた。

いくら体液を吐き出しても収まらない自分に対して嫌気が差した。

自分自身が気持ち悪かった。

父さんと母さんが言った化け物、という単語がずっと耳にひっかかっていた。

それがずっと心に傷になって永遠に消えない気がした。

そこからは一人で部屋の中で食べているから。

なにもない部屋でただ一人。

食べて、寝て、起きて。

活動して、戻ってきて、食べて、寝る。

そんな生活をずっと繰り返していた。

教育だけはきちんと行われていて。

失敗すれば、食事抜き、なんて言われたりして。

あぁ、きついな、なんていつも思っていた。

今更一緒に食べようとか言うんだ、と思った。

ここまで僕を傷つけておいて。

呪いの解呪の結果、外見の問題が解決してしまったからか。

周囲の人々が態度を変えて優しくし始めた。

それが気味が悪くて仕方が無い。

今まで僕を見るときには、まるで見てはいけないものを見てしまったというような。

怯えるような視線を向けてきて、嫌悪感を滲ませて来たというのに。

いまじゃ、恍惚とした視線を投げかけてくる。

それが気持ち悪い。

とにかく気持ち悪いのだ。

もしも僕が解呪の瞬間に別の人間と化していたとしたら、きっと優しさと素直に受け入れられていたかもしれないが、悲しい事に僕は知っている。

美しくない者が受ける傷を。

その痛みを。

理解してしまっているのだ。

そんな僕が甘んじてその待遇を受け入れられるのか。

演技くらいだったらできても、心の底では気持ち悪いと思っていた。

それは、あいつらと同じになったような気がしたけど。

仕方がないように思えた。

あいつらの方が酷いはずだから。

先輩なら、こんな言い訳しないんだろうな、なんて思っていた。

だから受け入れられなくて。

こんな自分も、周囲も、両方嫌になっていった。

それが悲しむべき事なのはどこか理解しているが、だからと言っても無知な頃に戻りたいなんて少しも思わない。

そもそも僕に無知な頃なんて存在しないような気がする。

だって、生まれたときから、どこかこんな扱いを受けていた。

嫌われていた。

だから、きっと無知な頃、何て言うのはそれこそ赤子の頃くらいしか存在しないと思う。

アテネはそれを聞くといつも何とも言えない顔をする。

けど、なにかを言うわけでもないのだ。

謝るというわけでもないし、少し気の毒そう、とでも言いたげな顔をしたあとに、自分には関係ないかと開き直っているわけでもない。

そのあとは、別の話にすり替えるのだ。

もう過去に起こったことは取り返しのつかない事になるのだから、忘れましょうとでも言いたげな。

興味ないとでも言いたげな。

そんなアテネの態度にどこか救われている僕もいる。

どうせ、下手になにか言われたって、怒りが増幅するだけなのは、わかりきっているから。

自分の所為でそうなったのは分かるけども、悪いとも思わない、なんて言いたげな。

そういう態度でいてくれなきゃ困る。

謝られても、どうすれば良いかわからないから。

まぁ、そんな事はどうでも良いとして。

どうやって断ろうか。

僕の頭のなかはそれ一色となる。

だって、一緒にご飯を囲むとか、死んでも嫌だ。

そう思えるくらいに家族の事が嫌いだ。

何て言えば断ってもらえるだろうか。

考えても、なかなか良い案が思い付かない。

顔を火傷したから?

また醜くなってしまいました、なんて魔法で一時的に顔を変えてしまおうか?

なんていってみようか。

そしたら、一時的には会わずにすむだろうけど、しばらくたったら会わなきゃいけなくなる。

それに、術者を呼ばれて治療されたら厄介だ。

ただの火傷ならそれで治るが、魔法でつけた傷となればそうもいかない。

治らないのだ。

そもそも僕の方が魔力の質も量も高いだろうから。

そうなれば絶対に治療出来ない。

それでも顔を合わせるという行為すら面倒で。

顔を合わせない、なんて不可能な事を可能にしようともがいている。

声も聞きたくない。

話すことすら億劫だ。

紙でお返事でも書こうか。

それで諦める人たちではないけれど。

むしろ、余計怒って無理矢理干渉されてしまうかもしれないけど。

どうすればいいのか悩んでいる僕にアテネが言う。

「…、家族が嫌いなのは知っていますが、今は行かないと。凪の管理者はその家族なんですから。下手な手を打つと会えなくなりますよ」

「分かってる、分かってるけど…」

なんて言う僕にため息を一つついて、こちらを見つめてきた。

そんなアテネの顔はいやに大人びていて。

僕より長く存在する呪いなだけあるなと思った。

どこか、貫禄があったのだ。

幼子に話すように、しっかりと僕の瞳を見つめながら言う。

「心に仮面をつけるんです。別の人間に成り変わるみたいに。今の心のまま。嫌に大人の世界に染まりたくないのなら、そうしなさい。逆にそれ以外に自衛する術は無いのですから」

そう言って、僕の胸をそっと叩く。

「颯太の心が傷つかないようにしましょうよ。貴方は散々傷ついたんですから。力も好きに使いましょう?」

「…、お前がそれ言うんですか…?」

僕が今の状況に置かれているのに関係しすぎているくらいなのに。

そう思って少し何か言ってやりたくなった。

まぁ、良いや。

そんなことしたって無駄だなんて分かりきっているし。

僕がこいつに対して先輩関連以外無関心なのと同じで、こいつはこいつで僕には無関心なのだろう。

こうやって会話を交わしてはいるけど、僕らは恋敵なのだから。

ただ、必要だから言っただけ。

アテネにとって有利に働くから。

死なれたら困るから。

器である僕が死ねばアテネも死ぬのだから。

自分を守るすべだけを教えておこうとしただけ。

自殺なんてさせてたまるものかって思っているんでしょ?

自分勝手なのはお互い様だから。

僕だってお前の立場なら、そうしただろうし。

だから、アテネを許せないなら、殺したい程憎んでいるならば、僕が自殺してしまえばいい。

とても簡単な答えだ。

けれど、そんな事出来ない。

別に死ぬのが怖いとか、そういうものじゃなくて。

むしろそんな感情はとっくの昔に捨ててしまった。

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