第14話 サイシキ号
「当初、サイシキ号は富裕層向けの遊覧列車として製造されました。3ヶ月弱の月日をかけて約5万キロメートルに及ぶ西大陸の縦断を行うのです。往復にすれば単純計算で半年程となりますね。そして、この一大プロジェクトの為に多くの人と大金が動きました。なにせほぼ0からのインフラ整備となりましたから。 ……ですが、サイシキ号が実際に遊覧列車として走ることはついにごさいませんでした。このプロジェクトのクライアントであり、発足者の1人でもあった製鉄業の大資本家が
………………。
「あのヨ、駅員サン」
「おっと。どうなさいましたか? シェーデル様」
「シュウの奴だけどヨ……」
歯切れ悪く言葉をすぼませたシェーデルが骨腕に抱えたテディベアを見下ろす。しかしシシュウの目線とは、そんなシェーデルはおろか駅員にすら向けられることなく、ただ一点にのみ注力されていた。 ……円柱型の銀色容器から、黄と茶に色づいた蕾のようなソレらが、降って湧いては降り積もってゆく。
駅員は少しもムッとすることなく、ただフフフと笑った。
「ご興味がありますか? ポップコーンマシンに」
「あぁ、うん。 ……ごめん、話はちゃんと聞いてたよ」
「シュウ分かるゼ。見たことナイ機械見るの面白いよナ。でも、あまり良くない態度ダ」
「……それはごめん」
「いいえ、構わないのですよ。サイシキ号に興味を示していただくことには大きな価値がございますから」
つば付きの制帽をわずかに上げつつ、駅員は周りの景色を見渡す。今度はシシュウの目線もその後を追った。
部屋の片隅に設置されたポップコーンマシンと飴玉が大量に詰まった大きな金魚鉢みたいな容れ物。その傍から景色を俯瞰すると、両窓際にアンティーク調のテーブルたちが均等に並べられていることが分かる。4脚の椅子が納められたそれらには、いずれも真っ白なクロスが掛けられており、中央には火の灯っていないランタンが置かれていた。
駅員は花柄のクロスの一つを静かに撫でつつ、このように続けた。
「朝と昼と夜。必要であれば深夜帯にも食堂車をご利用いただけますよ」
「……俺には関係ないな」
「オイラはよく利用するゼ。ココ」
「え? ガイコツって食事摂れるのか」
「骨付き肉が一番の好物ダ」
「……マジかよ」
それは本当に好きになって良いものだろうか?
ガタン ゴトン ガタン ゴトン ガタン ゴトン
駅員の案内に従いつつ、シシュウ達は汽車の中を見て回る。そこは先刻の駅員の発言の通り、長期間の生活を送る上での設備が施されていた。
えんじ色に統一されたシートと絨毯の床が印象的な座席車両、そして汽車の中かを疑うほどに
とどめと言わんばかりのダーツボードとビリヤード台を目の当たりにしたシシュウは、その肉球で自らのこめかみを押さえつけた。
「俺、とんでもないのに乗ってしまったんじゃないか……?」
「シュウ安心しロ。オイラ穴ぐら暮らしだったかラ、この汽車に乗って正直引いたゾ」
「そうか……ぁいや、うん。 ――あのさ、今更だけどお金けっこう厳しいんだけど……」
おそるおそるの調子でシシュウが尋ねると、駅員は胸元に手を添えて小さくお辞儀したのだった。
「問題はございません。シシュウ様、ハルシネ様から頂戴した切符には施設の利用も含まれておりますので」
「まぁそうじゃないと困るんだけれど……よかった」
「ちなみにオイラは切符持ってないかラ、汽車の手伝いを条件に乗せてもらったゼ」
「……マジかよ」
「シシュウ様、わたくしからご案内させていただくのは次で最後でございます。どうぞこちらへ」
そう言って駅員が最後に案内をしたのはずっと奥の……おそらくは汽車の最後尾にかなり近い車両だった。
連結扉が開かれ、シシュウは一瞬だけたじろいだ。何故なら、そこにはあの橙色の車内灯が吊り下げられておらず、大きな窓から射し込まれる月明りが唯一の光源であったからだ。シェーデルの骨腕の中、シシュウは閉店後の骨董店の様子を思い出す。
「……さっきまでと比べてずいぶんと殺風景な車両なんだな。大きな窓と、あとはベンチくらいしかないのか」
「フフフ。暗いと思われましたか?」
シシュウはただ無言で頷く。それを見る駅員の蒼の瞳とは、やはりこちらのことを全てを見透かしているように見えてならなかった。 ……少し、ハルシネに似ている。口になんて出せないけれど。
シシュウの心中なぞ知ってか知らずか。駅員は穏やかな口調のまま、このように続ける。
「暗いことは決して悪いことではございません。色を際立たせるために陰影が必要であるように、この汽車の拠り所はこの車両なのですよ。 ――食堂車で申し上げたお話の続きでございます。プロジェクト破綻後、サイシキ号はその利権争いと鉄道会社の体裁的な都合により、車両基地に留置されました。いつかこのプロジェクトを復活させようと躍起になった人々は確かに存在しましたが、人の心とは時の移ろいに滅法弱いものでございます。気が付いた時にはもう、今日に至るまでサイシキ号は暗がりの倉庫で独りぼっちだったのですよ」
「……でも、今はこうして走っているじゃないか」
「フフフ、左様でございますね。しかしながら”
「…………」
「ゆえにシシュウ様、シェーデル様。わたくしから1つお願いがございます」
ガタン ゴトン ガタン ゴトン ガタン ゴトン
線路の継ぎ目を規則正しく
「感情、思考、行動、関わり合い、見て触れた経験のその全て。 ……何でも構いません。旅を通じ、貴方たちが自ら歩んだその足跡で、この汽車を彩っていただきたいのです」
…………。
「ンンン? 足跡……? お前サンの言葉ってよく分からないことが多いナ」
「フフフ。度々、ご指摘を受けます」
「シュウ。さっきの意味分かったカ? ……シュウ?」
シェーデルからの呼びかけにシシュウは答えなかった。その代わり、以前に母親が言っていた言葉をその頭の中に思い起こしたのである。
『シシュウ。たくさん歩いて、たくさん見て触れて。学校なんかじゃ収まらないほどのことをたくさん学んできなさい。そして――』
シシュウはそのつぶらな瞳を静かに開いた。
「そうしたら、俺にも……見つかったりするかな? 幸せ、とか」
「どうでしょうか? わたくしには分かりかねます。 ……しかしながら夜汽車にその悩みは付き物でございます」
「別に空は飛んでないけどな」
「フフフ。左様でございますね」
「オイオイ、オイラを置いてきぼりにしないでくれヨ。ただでさえ、名前以外何も覚えてないんだからサ」
「ごめん、シェーデル。 ……1つ頼みがあるんだけどさ」
翠がかった月の斜光がテディベアの体を柔らかに照らす。不思議そうにこちらを見下ろすシェーデルと目が合い、シシュウは自身の後頭部を掻いた。
そしてその一音一音をハッキリと意識しつつ、シシュウは照れ臭さと共にこのように言ったのだ。
「ハルシネの所……連れていってくれないか? 逃げてしまったこと、謝らないと」
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