25杯目「古川優愛の話3」

 私は、昔から母から期待を込められて生きてきた。

 それは母が自分の人生で成し遂げられなかったことを、私に投影させているようだった。母の喜ぶ姿を見ていれば、私自身はその生活が嫌いではなかった。

 しかし、母は私が思い通りにいかなかったら、非情な罰を下した。

「あなたはそこで立ってなさい!!」

 雪が積もる寒い冬にベランダで一人立たされたこともあった。

 最初はそのくらいの罰は仕方がないと思っていた。しかし、10分、20分とその場所に捨てられて続けていると、子供ながら涙があふれてくる。やがて、意識が朦朧としてくるうちに、部屋から母が話しかけるのだ。

「泣いて謝ったら許してあげる」

 私は、わんわんと泣き腫らして謝った。もう二度としません、絶対にもうしません、だから許してください。

 それが、算数のテストで95点だった時の思い出だ。


「あなたは容姿を磨いてモデルになりなさい」

 食事には厳しい制限を課された。摂取カロリーができるだけ少なくなるように、かつ高たんぱくな食べ物を強要された。その頃から、食べ物の好みはなくなった。同時に趣味と呼ばれるものには時間がさけず、学校から帰った後は毎日レッスンに通わされた。仕事やレッスンは嫌いだったが、喜ぶ母の顔を見られればそれだけで十分だった。

 いろんな人に容姿を褒めてもらえた。それをうれしいと感じることはあまりなかった。

 最も、私が中学を卒業するくらいから、母はめったに笑顔を見せなくなった。


「あなたは一流の大学に行きなさい」

 勉強も好きではなかった。けれど、母に期待されていたとわかっていたし、いつかこうやって真剣に勉強させられる時期があるだろうと思っていた。

 しかし、これだけは私でも勝てない相手が存在する。この世界でだけは、私は完璧にはなれなかった。


「次の模試で、県内の1桁順位になれなかったら、私の子供じゃない」


 母はそんな私の姿に相当のストレスを抱えていた。今までは、何かをしろ、や何かをするな、と言われることは多かったが、私の子供じゃないと言われたときの気持ちははっきりと覚えている。

 真っ白だった私の心に注射器が刺さり、そこから黒く濁った水がどくどくと注ぎこまれる。

 今まで経験したことのないような強い感情だった。

 その次の模試では、私は県内で163位だった。


 その頃から、私の心は母から離れていった。

 地元の国立大学に進学させようとした母だったが、私はわざと不合格になるように力を抜き、滑り止めだった東京の私学に進学した。

 初めての母への反抗だったが、その小さな反抗は、母にはバレなかった。

「せいぜい、あなたはその程度の人間だったのよ」

 そう、私はせいぜいその程度の人間だった。

 でもね、お母さん。私の人生は私のものなの。

 これからは自由に、生きていくのよ。


 間違いなく、これまでの反動があった大学生活だった。

 容姿はよかったので、毎日のように違う男と遊んだ。男からもらった金でいろんなものを買って豪遊した。お酒は不味くて飲めなかったけれど、酔って現実を忘れられるから飲みまくった。

 そこから得られたものは何もなかった。


「もう、私のことを殺してよ!!」


 叫びは空虚の中に消えていった。

 寒い冬にベランダに閉じ込められたあの日のように、私は泣き叫んだ。けれど、その時私を認めてくれていた母はもういない。

 自我が、壊れていくのを感じた。

 気が付くと、自傷行為や薬物の大量服薬もしていた。

大量の自傷からの血を浴びながら自慰行為にふけることもあった。

 何度もセフレに首を絞めてもらったこともあった。


 何度も何度も死のうとした。

 何度も何度も死ねなかった。


 そんな私に声をかけたのが、はるだった。

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